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 先日、数年ぶりに病気になった。
 インフルエンザA型。
 私は、病気が大嫌いなので、体を気にせず仕事や遊びを思う存分できるように、日々割と自己管理はしている方だと思う。限り有る人生の時間を病気ごときに奪われてたまるか!というケチ根性から、不調が感じられたときは早めに休息したり、予防は出きる限り務めていたつもりだった。
 しかし、年齢のせいなんだろうか、病気は突然やってきた。予定していた仕事も遊びも全てキャンセル。感染するから自宅待機せざるを得ず、人には会えない。2日間は熱との戦いでそれどころではなかったが、3日目から咳やくしゃみには悩まされながらも動けるようになり、さてどうしようかと考え始めた。そのときに湧き出てきた自分の感覚に驚いた。何にもしなくてぽっかりすることを結構楽しめている。以前の私なら、健康なときの時間に早く戻れるよう、何かしなくちゃ!とゴソゴソ動いていたに違いない。前回述べた約一年のブランクを経て、“何もしないぽっかり術”をどうやら体得したらしい。気が付くと、音楽を聴いたり、空を眺めたり、日常から考えると恐ろしく何もしないけども気持ち的に充実した日々が3,4日と流れた。
 そして、療養生活も5,6日目(土日です)ともなれば、体も元気を取り戻し、街に繰り出したくなってきた。とりあえず、病後の正式な初外出はお茶の稽古。忙しい仕事時間だけになってしまうといけないと思い、リセット装置も兼ねて通っているお茶。その日はお茶席に座ると、風の感触やお湯の音、日の光や庭の湿度などがいつもの数倍、様々な感覚を通して感じられた。お茶の時だけではなく、街を歩いていても、本を読んでもその2日間くらいは情報の吸収力が違った。私の感覚がスポンジ状のものだったら、ここ数ヶ月でいろいろ詰め込みすぎてカチカチになっていたんだなぁ、と思った。ぽっかり白紙の数日を過ごして、スポンジが軟化し、吸収力が元にもどったのかなぁと。

 禅語に「截断(せつだん)」という言葉があるらしい。お茶が初心者に近い私は、お床に掛かっている掛物の文字が読めずに四苦八苦している始末。そんな私が愛読する“お茶席の禅語手引き本”の始めの方に出てくる言葉なので、愛着を持って覚えている言葉。きちんと説明するととても難しい世界に入ってしまうので割愛し、自分なりの解釈で簡単に言ってしまうと「あらゆるものから自分を断ち切り、徹底的に自分を殺し尽くすと、次には再生が訪れる。一度全てを断ち切ると、次には壮大な力が湧き出てくる」というようなことだとあらかた理解している。
 今回の病気経験は、これほど大げさな事柄ではないけれど、日常の時間を断ち切ると、見えてくるもの感じられるものがそう言えばあったんだ…と改めて感じられ、その大切さを再認識させられた。

 今朝、とある情報番組で、アニメーション映画では初の金熊賞を受賞した日本を代表する世界的有名アニメーション作家さんが、「アイディアは山ほどあって早く次回作に取りかかりたいが、一度頭を真っ白にしないと先に進めない」と語っていた。まさにこれも「截断」かな、何て思いながら、私は今日の仕事時間に就いたのだった。


都市生活研究部 太田 あゆみ

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