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Well-Being視点で見る都市と生活者の潮流

2021.11.18

2021年10月21日(木)のリアル開催と、10月26日(火)~11月3日(水・祝)のオンライン配信で開催された「YOMIKO都市生活研究所フォーラム2021」。そのオープニングのキーノートスピーチのテーマである「Well-Being視点で見る都市と生活者の潮流」について、都市生活研究所所長の水本 宏毅に話を聞きました。

“Well-Being”は、経済界や都市づくりなど、さまざまな分野で、新たな指標として注目されている

──なぜ、今回のフォーラムのキーノートで“Well-Being”を取り上げたのでしょうか。

水本:いま世界では、環境問題や経済格差、自国優先主義による国際社会の分断、今回のコロナウイルスのような、パンデミックによる行動制限やストレスからの解放、それに伴う、フィジカル・メンタル両面での健康意識の高まりなどを背景にWell-Beingが注目されています。
「世界経済フォーラム(ダボス会議)」のクラウス・シュワブ会長が、「人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」と発言したり、米国のCEO団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が、企業の目的は株主利益だけではなく、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、自然環境など、マルチステークホルダーの利益であるという「ステークホルダー資本主義」を宣言したり、「ドーナツ・エコノミー」を提唱する経済学者、ケイト・ラワースが、「人類にとって必要なのは経済の成長ではなく、地球の恵みが許す範囲で、すべての人類や生物の繁栄につながる経済である」と述べるなど、経済界からも、これまでとは異なる指標としてWell-Beingが語られ出したのが、今回のテーマに選んだ理由です。

──フォーラムでは、経済界だけではなく、都市づくりにおいても、“Well-Being”をテーマに進めている国が増えているとのことでしたが、具体的な取り組みについてお聞かせください。

水本:世界のさまざまな都市で、「Liveability」をキーワードに、生活者の“Well-Being”を高める「生活の質」に影響する要素である、学校や職場、医療施設、店舗、娯楽・文化施設、公園などに、自宅から徒歩や自転車などで、簡単にアクセスできる都市づくりが進められています。このような都市は「X minute city」と呼ばれています。「X minute city」に取り組む都市として有名なのが、パリの「15-minute city」 [1] やメルボルンの「20-minute neighbourhoods」 [2] です。また、バルセロナの「スーパーブロック」 [3] も「X minute city」の考え方に近い都市づくりと言えます。これらに共通しているのは、緑地や公園を増やし、街をウォーカブルにすることによって、大気汚染を削減し、市民の健康を増進すること、また、都市機能を集約することによって地域経済とコミュニティを促進することです。
コロナ禍によって、働く、学ぶ、買うなどの活動が住まいを中心とした生活圏へシフトしたり、密を避ける必要性から、公園や広場といったオープンエアの空間価値が向上したり、徒歩、自転車などでの移動価値が見直されるなど、「X minute city」という都市の潮流はさらに加速すると思われます。

「X minute city」という都市の潮流は、地域と共生する市民活動の活発化とシビックプライドの醸成につながる

──世界の各都市で進められている「X minute city」という都市の潮流は、生活者の意識や行動にどのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。

水本:「X minute city」のように、生活者の活動が、住まいを中心とした生活圏にシフトすることによって、地域に何かアクションを起こしたいという、「地域と共生する市民活動」が活発化するのではないかと考えています。例えば、市民が都市農園で野菜を生産し、地域でシェアするといった活動や、ニューヨーク市の都市公園局が実施した“Street Tree Map”作成プロジェクト [4] のように、市民が自ら調査に参加して地域情報をアップデートし、市民で共有する。あるいは、バルセロナの「Decidim(デシディム)」 [5] のような、参加型デジタルプラットフォームを使って、市民が直接、市が行うべきプロジェクトを提案したり、実施すべきプロジェクトの投票を行う。また、アムステルダム北部の造船所跡地にある「De Ceuvel(デ・クーベル)」 [6] のような、資源循環型エリアのコミュニティ作りに、環境意識の高い市民が積極的に参加する。このような活動が、「地域との共生」の意識の高まりによって、ますます活発になるのではないかと思います。これは、私たち、都市生活研究所が研究している「シビックプライド」 [7] の醸成につながる活動とも言えます。

“Well-Being”を基軸とした「地域循環型経済圏」への対応が企業のビジネス課題となる

──市民の地域と共生する意識の高まりは、都市づくり以外に、どのような影響があるのでしょうか。

水本:市民が地域と共生する意識の高まりは、単に都市づくりだけではなく、企業活動にも影響を及ぼすと考えています。なぜなら、市民が地域と共生する意識の高まりによって、地域密着型の “Well-Being” を基軸とした「地域循環型経済圏」が形成されると思われるからです。
“Well-Being” を基軸とした「地域循環型経済圏」 とは、地域生活圏における“Well-Being”を向上させるために、自治体、企業、市民などがネットワークを形成し、地域に根ざした商品、サービスの生産・流通・消費を環境に配慮しながら地域内で循環させる経済圏のことだと考えています。
Shopifyの調査では、コロナ禍をきっかけに、地域に根差した企業やビジネスを応援したいと考える生活者は、18歳から34歳の若年層、いわゆるミレニアル世代、Z世代の方が、55歳以上の高年層より多いという結果が出ています [8] 。つまり、この結果は、これからの消費の中心となる世代は、地域経済に対する意識が高いということを表しています。今後、企業にとって、この 「地域循環型経済圏」への対応が、ビジネスの課題となるのではないでしょうか。

──では最後に、企業が「地域循環型経済圏」に取り組む際のポイントについてお聞かせください。

水本:「地域循環型経済圏」に取り組むためには、これまでのビジネススキームを「リ・デザイン」する必要があると考えています。例えば、地域に根差した店舗や施設、資材の調達や物流のあり方はどうあるべきなのか、地域の特性を理解したうえで考える必要があります。また、地域住民と、どのようなコミュニケーションを図り、コミュニティに参加するのかなど、単に生活者を商品やサービスを享受する消費者と捉えるのではなくて、地域の“Well-Being”を高める一員としての取り組みが、企業にも求められるようになるのではないかと思います。

私たち、都市生活研究所は、これからも、「都市と生活者の“Well-Being”」をテーマに、企業が果たすべき役割について、都市インサイト、生活者フォーサイト視点から取り組んでいきたいと考えています。


脚注

1.「paris.fr」:https://www.paris.fr/dossiers/paris-ville-du-quart-d-heure-ou-le-pari-de-la-proximite-37
2.「20-minute neighbourhoods」: https://www.planning.vic.gov.au/policy-and-strategy/planning-for-melbourne/plan-melbourne/20-minute-neighbourhoods
3.「Ajuntament de Barcelona」:https://ajuntament.barcelona.cat/superilles/en/
4.「New York City Street Tree Map」 :https://tree-map.nycgovparks.org/
5.「DECIDIM.BARCELONA」:https://www.decidim.barcelona/
6.「De Ceuvel」:https://deceuvel.nl/nl/
7.「シビックプライド/Civic Pride」は、株式会社読売広告社の登録商標です
8. 出典:Shopify調査 「コロナ禍における日本の消費者の購買傾向と2021年5つのコマーストレンド予測」

水本 宏毅

都市生活研究所 所長

1990年読売広告社入社。大手不動産クライアントの再開発事業や住宅プロモーション業務に携わったのち、経営企画局長を経て、2016年に都市生活研究所所長に就任。「シビックプライド研究会」や再生都市研究「都市ラボ」など、都市と生活者研究を通じて、企業や自治体のプロモーション業務に取り組む。
著書(共著)「シティプロモーションとシビックプライド事業の実践」(2019年 東京法令出版)