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Vol.1 「パーパスドリブン視点による地域ブランディングの考察」

2022.03.11

グローバル競争の激化やIT技術の進展が著しい近年、日本企業は急激な変化に直面しています。特に、少子高齢化による労働人口の減少は、今後より深刻な問題となっていくはずです。また、市場のニーズや価値観も多様化・複雑化しており、「変動性」「不確実性」「複雑性」「曖昧性」が増している中で、企業やブランドはその使命を明確にし、どう人々の幸福に貢献できるかを表明しなくては生き残れなくなります。そういった潮流の中、読売広告社クリエイティブセンター「ブランドデザインルーム」は、様々な独自視点によるブランド研究を行い、変わりゆく時代に対するブランドの果たすべき使命について考察しています。
本稿では、特に「地域ブランディング」をテーマに考察を進めていきたいと思います。

1.「関係人口の創出」へ動き出す地方自治体

コロナ禍で強制的に広がったテレワークによって、「転職なき移住」「人口の流動化」が一気に加速する可能性がでてきました。今までは物理的な位置が制約条件だったからこそ「移住」してもらい人口を増やすしか地域を盛り上げる手段がなかった地方自治体にとって、その制限から解除されることを意味するからです。総務省「これからの移住・交流施策の在り方に関する検討会中間とりまとめ」(2017年4月)からも、地域づくりの担い手不足という課題に直面する中、地方自治体は新たな人材確保のために、市内に居住しているかどうかではなく、その市や町に対して想いを寄せ、そこで暮らす人々と良好な関係を維持、発展させ、多様な形で積極的に関わっていこうとしているかどうか、所謂「関係人口」への取り組みを活発化させています。

「関係人口」とは「地域に対し多様な関心を持ち多様に関わる人の総称」であり、その地域のファン化、愛着形成といった目に見えない精神性の部分に寄与するブランド及びブランディングがその重要性を増していくと思われます。地域ブランディングの本質を、経済的側面に見られる地域活性化だけにあるのではなく、人と人、人と地域といった「つながり」を社会的資源として捉えることで、地域資源を活用する過程で信頼や共感、親しみ、満足感など精神面を基盤とする社会的資源の構築が図られ、地域資源と社会的資源を併せて活用することによる経済効果だけに頼らない地域の活性化が期待できます。今後、関係人口創出における地域ブランディングの果たすべき役割は大きいと言えるでしょう。

2.地域ブランディングについて

ここからは、地方創生へ向けた地域ブランディングの有効性とその必要性について考察していきます。本論に入る前に、異口同音に語られるブランド及びブランディングという言葉の意味するものが何かを明確にしておきたいと思います。

2-1 ブランド及びブランディングの定義

ブランド(Brand)の語源は、焼印を押すという意味の「Burned」、牛などの家畜の個体を識別するために押した焼印がその起源です。つまり、他者と区別すること、差別化に一つの意味があるが、識別効果だけではブランドといえません。ブランドとは、相手側、つまり生活者という受け手側を主体にブランドを捉えることが肝要です。つまり、ブランドを従来通り「資産」と捉えるのでなく、「意味」と捉え直す。企業側からのコミュニケーションを通して相手に伝えることは、ブランディングという活動自体であり、まだブランドとして形成されていない。相手に識別されてはじめてブランドとなり得るはずです。識別されている状態は、ポジティブ、ネガティブ問わず、相手に何らかの「意味」として受容されている状態だからです。以上、本研究では、「ブランドとは、心の中にある像、つまり、すべての知覚を通し、相手の中で意味として受容された知覚の総和である。」と定義づけることとします。

2-2 地域ブランディングにおける「意味」とは

さらに、ブランドを「意味」と捉えることの地域ブランディングの有効性を現代の社会背景とともに考察することで、「意味」を形成する要件の仮説を検証していきます。ブランド=資産という観点ではなく、ブランド=意味という観点へ置き換えて思考することで、生活者がその地域と関わっていたいという想いや愛着形成、目指すべき関係人口創出の有効打となる地域ブランディングが見いだせるのではないでしょうか。

地域ブランディングという概念を「生活者の中の“意味”を形成するすべての活動」と定義することで、その目的や概念は明確化される。つまり、農水産物やその加工品、商業集積といった個々の地域資源に対するブランド構築のための取り組みを、それらを内包する「地域全体」として生活者にどのように意味をもたらすかという一点に収斂させて考察していくことで、個々の地域資源における取り組みという単なる“手段”が、意味という“大目的”へ向かい突き進む、首尾一貫したブランディングへと変貌するはずです。

3.地域と生活者をつなぐ「意味」を形成する4要件

ここからは、意味を形成する要件について、「時代性」「価値観」という視点を加えることで、その有効性と妥当性について考えていきたいと思います。

その1:理念・想いの顕在化「すべては、幸福(well-being)のために」

地域においても企業同様、「なぜ我々はその取り組みを行うのか」という問いかけは重要であり、潜在する送り手の理念や想いを明らかにすることが、受け手のリアルな共感を生み、多くの人を引き寄せます。地域という特性上、生きることへ向き合う、人々の幸福を願うという普遍的で根源的な理念とそこに込めた想いは、様々な地域活動を通して、現在の生活者の意味となって受容されるはずです。またそれは、コロナ・パンデミック以降、注目されているウェルビーイング(well-being)へ通じる概念であり、性別や国籍、文化など、様々なバックグラウンドを持つ人が集まり、ともに共創する働き方の多様性を尊重するといった側面からもその重要性は高まっていると思われます。

その2:地域性・独自性の価値化「ならでは・らしさを象徴」

地域ブランディングの目的の一つとして、他地域との差別化により付加価値を高めることがあげられます。地域特有の「自然」や「文化」、地域が歩んできた「歴史」、そこに住む「人」は、地域性のオリジナリティを表わす資源であり、差別化要素である。地域全体のブランド化のプロセスにおいて、単に地域資源の知名度をあげようとするのではなく、地域の背景にある自然や歴史、風土、文化、伝統などに根ざした「地域らしさ」を最大限に活用しつつ、個々の地域資源のブランド化を進めていくことが重要です。

その3:双方向性のコミュニケーション「地域と生活者の架け橋になる言葉」

地域の魅力をアピールすることは大切ですが、送り手の視点に基づく一方的なメッセージより、送り手と受け手、双方向でのコミュニケーションを考える必要があります。コミュニケーションの促進にデザインの果たす役割は大きいと考えます。デザインは、無形の「理念・想い」と「地域性・独自性」という差別化要素を凝縮して表現し、受け手に感性的に伝えることで、送り手と受け手をつなぐ架け橋として機能させることができます。また、地方都市は、一通りの基盤整備が終わり人口減少傾向が強まる中、地域の質的向上を図っていく段階にあり、生活者の地域に対する主体性や関係性をどのように計画・デザインしていくか、地域と市民両者の意味をどのように結びつけていけるかが今後重要になっていくと思います。

その4:つながりの構築と自走化「利他心を満たす共同体意識」

地域ブランディングの目標のひとつは、前述した通り関係人口創出です。そのために信頼感や満足感といった、心に長く残る価値に基づく送り手と受け手との関係を構築することは重要です。地域と生活者の「双方向のコミュニケーション」を通じてその地域ならではの「理念・想い」、「地域性・独自性」に接することにより、どのような「つながり」を築くことができるか、構築したつながりを、継続的に価値提供することで維持し、さらなるつながりへと自走化させていくことへの視点が肝要です。そのためには、「利他心」に基づく「共同体意識」をどう形成するかが地域ブランディングにおいて重要です。自己実現とは、他人の存在や環境、想定外の出来事や変化などを受け入れ、その関わり合いや複雑な日常の体験を通じて、自分の可能性や潜在能力を発揮していこうとする成長過程であり、自己実現、さらにはその先の「自己超越欲求」は、その変化や成長を通して社会性や他人の利益をも含んでいきます。コロナ過を経て今、まさに「自己超越欲求」への到達といえる利己から利他へ価値観の変革が起きていると考えられます。

4.これからの地域ブランディングの方向性

地域に潜在する想いを顕在化し、地域性と合わせることで象徴化し、その価値を基盤とする地域内外に対するコミュニケーションによって精神面によるつながりの構築こそが、地域ブランディングの鍵となる関係人口創出につながるはずですが、重要なことは、それぞれの意味を形成する要件は「一本のストーリー」として有機的に結び付いている必要があります。それぞれの意味をストーリーとしてひとつに束ね、多くの人が魅了される意味にまで昇華させることが、これからの地域ブランディングの目指すべき方向性です。その実現へ向けて地域ブランディングにこそ必要なのは、「パーパス・ドリブン」視点であると推察します。

パーパス・ドリブンとは、「どんな意義で社会に存在したいか」というパーパス(存在意義や志)を軸として、全ての物事がそこから始まっている状態を指します。社会的意義を掲げ、自分たちが起こすアクション全てが「なぜそれをするのか?」という理由に立ち戻って照らし合わせることを「Start with “Why”」と呼ばれています。社会の中で、その地域に参加すると、どんな意義があるか。どんな仲間と出会えるか、どんな自分になれるか。その地域が目指す社会的意義であるパーパスという一点に向かって、すべての地域ブランディングの活動を「Start with “Why”」と自問しながら、実行することで、その生活者の心の中に「真の意味」というストーリーになって受容されるのではないでしょうか。そして、パーパスをすべての基軸とすることで、地域の資源である組織文化が生みだされると同時に、新たな価値が創造され続ける仕組みとなるように思います。それこそが、地域が目指すべき持続可能な関係人口創出へつながるブランディング・メソッドであると私たちは考えています。

地域に必要なもの。それは、情熱や想いといった、目には映らないが、人を突き動かす躍動で、それこそがブランドです。地域を鼓舞し、人を感動させ、人々を繋ぐ。ひとつのパーパスという信念へ向かって。どんなに時代が変わっても、自分が誰かの役に立てているという感覚、誰かの役に立ちたいと想うこと、そして信頼できる他者がいて、そこが自分の居場所だと感じられることこそが、地域社会の中で人間が生きる上で持つ普遍的で根源的な欲求なのです。その欲求に答え続けることこそが、ブランドの本来的使命ではないでしょうか。

外山 毅

クリエイティブセンター ブランドデザインルーム ルーム長

クリエイティブディレクター

コピーライティングを武器に、コンセプト立案、ステートメント、タグライン、CI、VI、プロモーション全般、CM、グラフィック、WEB、SNS、UX、商品開発など多岐の領域を経営・事業視点、マーケティング発想により戦略立案、アウトプット、クオリティ管理、組織運営までのクリエイティブディレクションを担当。