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居心地の良いニューノーマルなオフィスのあり方とは?「IBASHOレポート」から読み解く、自律協働するオフィス・組織のつくり方

2023.09.05

リモートワークが進み、自宅が「仕事」や「学校」の場となることも増えるなか、「人」と「場所」の関係性が大きく変化しています。その変化を分析し、新しいビジネスの可能性についてディスカッションするトークイベント「私のアイデンティティと場所からビジネスを考える〜居心地の良いニューノーマルなオフィスのあり方とは?〜」が、2023年7月27日にリアル会場&オンライン配信にて開催されました。
このイベントは、5月に当社と株式会社SIGNING、当社グループ会社の株式会社環境計画研究所の3社が発表したレポート『IBASHOレポート〜私のアイデンティティと場所からビジネスを考える〜』で得られたインサイトをベースにしたもので、「人」と「場所」の関係性に生じている変化の全容とそれを踏まえた新しい「場所」ビジネスのチャンス、そしてイノベーションを生み出すオフィスや組織のあるべき姿など、さまざまなテーマをもとに有意義なディスカッションが展開されました。その模様をレポートします。

「人」と「場所」の関係変化に切り込んだ「IBASHOレポート」

今回のトークイベントのベースとなったのは 5月に発表されたレポート『IBASHOレポート〜私のアイデンティティと場所からビジネスを考える〜』(以下、「IBASHOレポート」)です。

「IBASHOレポート」
https://www.yomiko.co.jp/wp-content/uploads/2023/05/ibasho-report_20230530.pdf

このIBASHOレポートの研究結果をもとに増床したSIGNING社の新オフィスにて、7/27にイベントが行われました。

コロナ禍を経て、ホテルやカラオケボックスがテレワークの「場」として新たな価値を提案したり、密にならない公園でビールを楽しんだりなど、場所が持つ「意味」が状況に応じて変化しています。その一方で、テレワークの普及により、自宅が「働く場」「学ぶ場」としての役割を新たに持つようになるなど、ニューノーマルな社会のなかで人と場所の関係はより複雑化するようになりました。

今回のイベントは、こうした変化の内容をより構造的に分析し、新たなビジネスの可能性を提案するものです。登壇者は、コクヨ株式会社 経営企画本部 クリエイティブ室の安永哲郎氏、環境計画研究所 代表取締役の秋和悟之氏、当社 都市生活研究所の藤田剛士の3名で、当社マーケットデザインセンター(SIGNINGソーシャルビジネス室兼務)の秦瞬一郎氏がモデレーターを務めました。

平均的な居場所は2.64カ所! なぜ複数の居場所があると幸せなのか?

イベントでは、まず当社の藤田が「IBASHOレポート」の内容と得られたインサイトについて解説しました。

藤田によると、今回のレポートは、人と場所の関係性が複雑化しているという課題に対し、その複雑化を紐解く軸として「居場所」というキーワードを据え、人と場所の関係性を整理したものだと言います。今回10代〜80代までの幅広い年代の男女を対象に、居場所の必要性について尋ねたところ、全体で90%以上が「居場所を必要と考えている」ことがわかりました。

続けて「居場所の数」について尋ねたところ、「1カ所」(34%)、「2カ所」(19%)で53%と過半数を占め、平均すると「2.64カ所」であることがわかりました。その大半は自室やリビング、お風呂場などを含む「自宅」となっています。

これを前提に、藤田は今回の調査で得られた2つの発見について説明しました。

まず1つは、「自宅とそれ以外の場所に居場所を持っている人が最も幸せを感じている」という事実です。居場所と幸福度について聞いてみたところ、居場所が「自宅のみ」という層は幸福度の平均が6.9点、「自宅+自宅以外」の層は平均7.2点、「自宅以外」という層は平均6.1点であり、健康や生きがいなどの項目を加えたウェルビーイング度でも、「自宅+自宅以外」層が最も高いことがわかりました。

「ここで1つの疑問が浮かびます。それはなぜ『自宅と自宅以外の場所に居場所があるほうが幸せなのか』という点です」と藤田は続けます。

居場所とは、「私」「私とあなた」「私とみんな」で過ごす場所

なぜ自宅とそれ以外の2カ所に居場所を持つ人が最も幸せなのでしょうか。

この問いに対し藤田は「その理由は、居場所にある“感情”の多さに起因しているのではないかと考えています」と説明します。

人が「居場所に求める感情」はさまざまです。今回の調査でも、居場所に求める感情には、「リラックスができる」「素でいられる」という自己完結した感情のほか、「理解してもらえる」「語り合える」「認められる」「役に立てる・頼られる」「知らないことに出会える」のように、他者がいてこそ成り立つ感情もあることがわかりました。これが2つ目の発見です。

この発見を受け「居場所」について大きなインサイトが得られました。それは、居場所とは「ひとりや誰かといることで、感情を満たせるさまざまな場所」であり、「居場所」と「私」の関係について深掘りすると次の3つのパターンがあるという分析結果です。

1つは、自分ひとりで感情を満たすためのワタシの「イバショ(i-BASHO)」です。もう1つは、「ワタシとアナタ」という個人同士が過ごし、自分自身と大事な誰かで感情を満たす「イイバショ(ii-BASHO)」です。最後に、「ワタシとミンナ」、つまり自分自身と複数人が集い、感情を満たすみんなの居場所=「ウイバショ(We-BASHO)」です。

「居場所をこのように捉え直すと、さまざまな人に対して『イイバショ(ii-BASHO)』や『ウイバショ(We-BASHO)』を見つけるためのビジネスアイディアを考えていくことができるのではないかと考えています。たとえば独居老人に対する『イイバショ』にはどのようなものがあるか、新社会人向けの『ウイバショ』はどんな機能が必要なのか考えると、新しいビジネスにつながりますし、生活者をより幸せにできるのではないかと思います」(藤田)

さらに藤田は、この考え方をオフィスに当てはめることで、オフィスのあり方自体も変えていけると示唆します。

藤田は「これまでのオフィスは、個の創造性や効率性を高める『ひとりの居場所』としての機能と、組織の創造性や共創性を高める『ウイバショ』としての役割という2つの論理で設計されてきました。しかしもう1つ、大事な人と自分の関係である『イイバショ』を作っていくことこそ、非常に大切ではないかと考えています」と話し、具体的に「『イバショ』と『ウイバショ』だけでなく、『イイバショ』によって相互理解や心理的安全性を高めることで、個の創造性や生産性、『ウイバショ』としての共存性を高めるという構造を作るべきではないでしょうか」と提言しました。

この調査結果を受けて、当社もSIGININGと環境計画研究所と共同で「イイバショ」の構築・発展を支援する「職場IBASHOプログラム」を構想しており、個人同士が互いに認め合い、信頼し合うための場づくりや、体験・サービス、推進体制のデザインまで含めてサポートする取り組みを模索しています 。

「イイバショ」でオフィスの生産性は向上する?

レポート内容の発表を受けて、コクヨの安永氏、環境計画研究所の秋和氏と藤田の3名によるディスカッションに移りました。

当社グループ会社の環境計画研究所は、マンションギャラリーの設計を多く手がけており、単なる展示にとどまらず、LEDビジョンを使ってタワーマンションの眺望を再現したり、デジタル活用による様々な間取りのバーチャル体験演出など“体験設計”に基づいた企画・提案に定評があります。

またコクヨの安永氏は、場づくりのプロフェッショナルとして、同社品川オフィスをリニューアルして地域に開かれたワーク&ライフ開放区「THE CAMPUS」プロジェクトに携わった実績があります。

モデレーターの秦より、ディスカッションのテーマ「今の時代における生産性の高さとは何か」が示されると、秋和氏は「現場が考える生産性は個人やチームの創造性や効率性のこと、対して経営層が考える生産性とは売上ベースとなるので、それぞれの生産性向上に対しては異なるアプローチが必要」という考えを示します。

一方、安永氏は「組織の場づくりと制度設計はセットで考える必要がある」という前提を示したうえで、「これまでのような効率性の追求だけを議論するのではなく、生産性そのものに関するパラダイムシフトを踏まえ、何が生産性を高めるのか議論する必要があります」との見解を述べました。

これらの意見を受け藤田は「売上向上など客観的に見える生産性は高められても、イノベーションを育てるなど見えない生産性について経営層はどう考えているのか」と秋和氏に質問するなど議論は活発化。「立場によって落とし所が違うのが現状」(秋和氏)という正直な意見が出たほか、安永氏からはリニューアルしたコクヨの「THE CAMPUS」による生産性の“質”の変化についても言及がありました。

安永氏は「令和の今日において組織・集団の生産性を考えると、個々が自律しながら協働するという一見矛盾する環境を作っていくことが大切になります。「THE CAMPUS」では、自由奔放ではなく、自律的に互助することで生産性につなげていく壮大な実証実験が展開されているとイメージしてください」と話し、実際に「THE CAMPUS」のコンセプトがセールスチームや若手社員のワークスタイルなどにも変化をもたらしたという実例を紹介しました。

個・チームが自律協働する環境づくりをサポートする

ディスカッションを受け、モデレーターの秦氏が「自律と共創を両立させることは難しいが、その鍵となるのが先ほどのレポートにあった『イバショ』『イイバショ』『ウイバショ』の関係ではないかと思う。そこで次のテーマとして『オフィスから自律と共創を生み出す場所を作っていくにはどうすれば良いか』を考えたい」と提案がありました。

これに対し、秋和氏は「場所を作るだけではなく、チームが協働していくためのプロセス設計も大切」という考えを述べ、安永氏もこれに賛同。効率追求ではなく、たとえ非効率であっても個・チームそれぞれの違いや得意領域を認め合うことが、実は生産性の向上につながっていくという見解で一致しました。また藤田も、組織・チームにいる個を認め、その個性を楽しむことでチーム全体の生産性が上がるという実体験を紹介し、「対話をしやすい環境があり、その環境が対話を通じて相手を理解する“余裕”を生み出すことが、これからのオフィスのあり方として重視されていく」という見解で一致しました。

「場」というものは、スペースを用意すれば終わりというわけではありません。その「場」にどのような役割・機能を持たせるか、そして「場」がその役割・機能を発揮するにはどのような制度やカルチャーが必要か、全体を設計する必要があります。当社では、今回の「IBASHOレポート」で得られたインサイトを活かし、SIGNING、環境計画研究所と共に企業の存在意義の規定からワークスタイル/スペースのデザインまでを一気通貫でプランニングするソリューションを今後も提案してまいります。

(終)

<プロフィール>(写真左から順に)
当社 マーケットデザインセンター(SIGNING ソーシャルビジネス室兼務) 秦 瞬一郎
コクヨ株式会社 経営企画本部 クリエイティブ室 安永 哲郎
株式会社環境計画研究所 代表取締役 秋和 悟之
当社 都市生活研究所 藤田 剛士

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