YOMIKO STORIES

【トークイベントレポート】ウェルビーイングなまちづくりはウェルカミングから コペンハーゲンが教えてくれたこと

人と環境が調和する「生命中心デザイン」とは何か。そして、それが私たちの暮らしや仕事にどのような変革をもたらすのか——。

2025年8月27日、虎ノ門のSIGNALにおいて、株式会社SIGNINGが主宰する展示企画「THE 9 PASSPORTS スモール・イノベーションの風景」の一環として、トークイベント「Well-beingを育むコペンハーゲンの生命中心デザイン」が開催されました。

環境先進性や住民の幸福度、教育の充実度や高福祉が実現されている社会基盤などが評価されているコペンハーゲン。そしてそれをかたちづくる、“生命中心のデザイン”を、プロダクトデザインとアーバンデザインというスケールの異なる2つの視点から深掘りしていったこのイベントには、約30名が参加しゲストスピーカーの話に耳を傾けました。

ゲストスピーカーとして登壇したのは、当社コミュニティクリエイションビジネス局のアーバンストラテジスト・中村 賢昭。博報堂DYグループの戦略事業組織kyuの一員であり、コペンハーゲンに本社を置く世界的な都市設計・デザインコンサルティング会社「Gehl Architects」(以下、ゲール社)での実務経験をもとに、現地で学んだコミュニティ創造の知見を紹介しました。

そして、デンマーク発の照明メーカー・ルイスポールセンのブランド&コミュニケーションチーフ新行内 まい氏も登壇。長年にわたって世界中で愛され続ける同社のデザイン哲学と、北欧流の「人間中心」のライフスタイルについて語られました。以下、その模様をレポートいたします。

これからのまちづくり・製品づくりは「人間中心」から「生命中心」の考え方へ

冒頭、SIGNING佐藤氏より、「今回の展示企画は『デジタルシティ』『食の持続性』『ウェルビーイング』といったテーマで、国内外でフィールドワークを重ねた成果の一端を発表する場であり、その中で訪れたバルセロナ、ビルバオ、鶴岡といった各都市をテーマにしたトークイベントシリーズの一環として、コペンハーゲンが取り上げられた」との説明がありました。

また佐藤氏は、コペンハーゲン市役所へのインタビューで得た知見を紹介。「私たちは、いろんな人に『より良い人生ってどういうものか?』ということを聞いて進めています」という担当者の言葉から、「人生という長期的な視野で物事を考えることの重要さを実感した」といいます。

さらに、「コペンハーゲンは人間中心のまちづくりから『Life-Centered (ライフ・センタード)』という考えになってきている。Life-Centeredは直訳すると、生命中心という意味だが、Lifeは生命だけでなく生活や人生、街での営みなどを広く包括している。この街は、生命中心の考えで、プロダクトデザインやアーバンデザイン、さらには制度や働き方まで、デザインされているのだと強く感じた」と語りました。

人への想いで光をかたちづくり、100年愛されるデザインと機能

続いて、ルイスポールセン新行内氏から、同社が実践してきた「人間中心のデザイン」の歩みと、コペンハーゲンの人々に根付く「ヒュッゲ」を大切にする生き方について語られました。

新行内 まい氏

ルイスポールセンは1874年に創業。もともとはワインの輸入を生業としていましたが、その後、時代の流れとともに照明の世界へ参入。

「光をかたちづくるデザイン」という哲学のもと、デザイナーと協業した美しく機能性を備えた製品は、住宅や公共空間に留まらず街並みの照明としても愛され続けています。中でも、ポール・ヘニングセンがデザインした3枚シェードのPHシリーズは、世界中の憧れ照明として100年経った今でも、色褪せることはありません。

この世界的なデザインが生まれたきっかけは、意外にも母への愛でした。ポール・ヘニングセンの母親は女優。「母が最も美しく見える照明を作ってあげたい」と思ったのが、誕生のきっかけとなったのだとか。

ポール・ヘニングセンは1924年に「強い光を得る代わりに、その質や美しさが失われている」と警鐘を鳴らしました。この考えは、単に機能的な明かりではなく、人にやさしい光環境を追求する出発点でした。

また、ルイスポールセン社の哲学は、「光を形づくる」ことにあります。

単にランプをデザインしているのではなく、屋内外の空間で人々が心地よく感じられる雰囲気を生み出す“光”そのものを形づくってきました。デザインのすべてのディテールには明確な役割があり、そのすべてが「光に始まり、光に終わる」と語られています。

これを言い換えると「デザインのためのデザインではない」と新行内氏は解釈します。いかに人々が心地良く感じられるか、そして確かな機能を備えるかが大切なのだと。また、ヘニングセンに数学的な思考を取り入れたことも、当時としては斬新なアプローチでしたが、その中心にあるのは、常に人への想いでした。彼のこの哲学や手法は、今も脈々と受け継がれているといいます。

新行内氏は、ルイスポールセンの照明には、「二面性の調和」があると語ります。「光と影」「デザインと機能」「モダンとクラシック」といった具合に。「コペンハーゲンの人々にも、夏・太陽を満喫・楽しいという気持ちと、冬・寒い・暗いといった気持ちの、二面性があるのも共通しているのかもしれません」と語りました。

デンマークには「ヒュッゲ」という、居心地良い、楽しいひととき、幸福感などを現す、彼らを象徴する言葉があります。新行内氏は「日本語としてぴったりくる言葉が見つからない」といいますが、そのヒュッゲの精神こそがルイスポールセンの製品の本質ではないかと語ります。

人間中心のデザインによって「美しく心地良い」という本質を追求し続けてきたルイスポールセン。「光をかたちづくるということは、ウェルビーイングにも繋がるのではないかと思います」と新行内氏。ルイスポールセンのものづくりへの姿勢、そして生み出される製品が、その光の下に集まる世界中の人々に「ヒュッゲ」を与えてくれると感じるお話でした。

「ちがう」を受け入れVisionが重なるが、未来をつくる「ちから」に

続いて当社の中村が登壇。「Learning from Copenhagenコペンハーゲンのまちから、学んだこと」と題し「Working(働いて)」と「Walking(歩いて)」という2つの観点から得た貴重な知見を紹介しました。

中村は2024年、ゲール社に派遣され、3カ月間様々な国の案件に関わりました。その後日本に戻り、当社の得意先である大手デベロッパーや自治体などと共に、都市や地域のまちづくりを軸としたビジネス開発を推進しています。

中村 賢昭(コミュニティクリエイションビジネス局まちづくりプロデュースルーム)

ゲール社は、デンマークの建築家ヤン・ゲール氏が設立した都市戦略やパブリックスペースのデザインなどの領域におけるリーディングカンパニー。世界20カ国以上から様々なプロフェッショナルが集い、ニューヨーク、上海、メルボルン、モスクワなど世界中で1000を超えるプロジェクトに参画してきました。同社は「Making Cities For People and Planet」を標榜。「心身共に健康」「全ての人に公平」「未来に向けて価値が続く」そんな都市空間を構想し、実現することに関わっています。

そのような環境下で仕事をした中村は「オフィスそのものが、彼らが体現する都市のように、人と人が出会う場になっていた」と語ります。また、ゲール社の印象について「国や職種、役職に関係なくフラットな組織でコミュニケーションが活発だ」と感じたといいます。

さらに印象的なのが、仕事への向き合い方。「夕方になったら、『Have a nice Sun!』の声とともに、明るい太陽の下、帰って行く人が多いんです」。短時間でしっかりと成果を出しプライベートを全力で楽しむ。そのメリハリの効いた働き方に感銘を受けたといいます。

「なぜこういう組織運営が可能なのか?」同社のマネジメントやチームメンバーとのディスカッションを通じて見えてきたのは、様々な専門性や経験を擁するメンバーそれぞれの、Will(意思)が繋がり、会社のVision(理想)が重なるという構造。「お互いに『ちがう』ということを受け入れることで、より良い未来をつくる『ちから』になっている」、中村が掴んだ核心です。

相反する価値が共存し、ウェルカミングの精神宿るコペンハーゲン

また、仕事を離れたときには、ひたすら街を散策したという中村は、コペンハーゲンの街に存在する「多義性」に気づいたといいます。例えば、昼は小学校の運動場、夜は大人たちの酒場に変わる広場。墓地が公園や散歩道として愛され、教会は人々が集う食堂や子供たちの部室になる。1つの場所をいくつもの目的で使っているのです。

中村が現地で撮影した写真をもとに説明

最も衝撃を受けたのは、元食肉市場を再開発したエリア。レストランやギャラリー、デザインスタジオなどが集まるクリエイティブハブの一角に、「H17」という麻薬消費室(DHR)があるのだそう。医療従事者が常駐し、安全な環境の中で薬物使用をサポートすることで、過剰摂取や感染症などを防ぐ施設なのだとか。多くの若者が集まる場にドラッグ施設なんて、日本では絶対に考えられないことではないでしょうか。

この体験から中村が見出したのは、「本能的と合理的」「固有性と普遍性」「日常と非日常」といった、本来相反する価値がコペンハーゲンでは自然に共存しているという事実でした。

「これまでの日本は、『ひとつの場所にひとつの機能や目的』で空間をつくってきました。この呪縛ともいえる状況からいかに自由になれるかが、今後の日本のまちづくりには不可欠だと感じた」といいます。

コペンハーゲンでの経験を通して感じた「多様性」と「多義性」。すなわち、「異なるものを心地よく受け入れ共存していく。そういう働き方、暮らし方、生き方がまちづくりに必要です。ウェルビーイングには、ウェルカミングの精神が必要だ」と中村は締めくくりました。

多様な想いを束ねる「ファシリテーター」として人起点のまちづくりに貢献

今回のトークセッションを通じて浮かび上がったのは、ルイスポールセンのものづくり、Gehlの仕事の流儀、そしてコペンハーゲンの人々の暮らしに共通する哲学でした。それは「People First Life Centered」。人を起点とし、その生き方や生活、人生を中心に据えて物事を考える視点です。

この考え方は、まちづくりのコンセプトに留まりません。中村がコペンハーゲンで目の当たりにした、様々な人種・職種・価値観をもつ人々の声を、対話を通じて集約し、1つの方向性を生み出していくプロセス。この姿勢こそが日本のこれからのまちづくりにも生かせる重要な知見です。

これからのまちづくりは、デベロッパーや自治体だけでなく、そこに住む人、訪れる人、性別、年齢、人種を超えた多様な主体が、それぞれの想いをぶつけ合いながら、ひとつの街をつくり上げていくプロセスが必要だと考えます。YOMIKOは、その対話と共創の仲立ちをするファシリテーターでありたいと考えています。

コペンハーゲンで学んだ「多様性と多義性」、そして「ウェルカミングの精神」。これらを日本の文脈に翻訳し、様々なステークホルダーと共に実現していく。全ての人が、心地良く過ごせるまちをつくるため、YOMIKOはファシリテーターとして価値ある都市空間の創造に貢献してまいります。






中村 賢昭(なかむら まさあき)
株式会社読売広告社 コミュニティクリエイションビジネス局 まちづくりプロデュースルーム 担当部長 アーバンストラテジスト

2007年に読売広告社入社。大手デベロッパーの複合開発や商業施設の案件でコンセプト開発、コミュニケーション戦略、PR・アクティベーション企画、また地方自治体ではブランディングやシティプロモーションなどのプラニング、ディレクションを担う。今年度からは、まちづくりを軸としたビジネス開発を推進し、都市や地域の戦略開発に参画。2024年春にはコペンハーゲンに拠点を置く都市デザインコンサルティング企業Gehl Architectsに派遣・勤務。帰国後、同社と日本国内におけるビジネス開拓などで協業推進中。



新行内 まい 氏(しんぎょううち まい)
ルイスポールセンジャパン株式会社
ブランド&コミュニケーションチーフ

インテリアやファッションブランドでのマーケティングを経て、2020年よりルイスポールセンジャパンでPR&マーケティングに携わる。「光をかたちづくるデザイン」というブランド哲学を多面的に表現することをモットーに、日本国内でのブランド普及に務める。




佐藤 克志 氏(さとう かつし)
株式会社SIGINING Business Producer /Marketing Co-Creator

2017年に博報堂入社。官公庁、物流、飲料メーカー、健康食品メーカーなど幅広い業界のビジネスプロデュースを経験。近年はWell-being関連業務も多数担当し、2023年よりSIGNINGに所属。