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2020.09.11
前編に続いて、後編では「場」「住まい」の視点から、マルチバーサルシフトへ向かう都市と生活者のレポートを紹介します。引き続き、都市生活研究所 都市インサイト研究ルームの城雄大、山下雅洋、小林亜也子、西村真でお伝えします。
城:続いては「場のあり方」の視点です。今回のコロナ禍をキッカケとして、昼間人口/就業人口/交流人口のエリア間バランスの変化が起こり、それによって人と人のつながりや集まり方にも新しい流れが生まれてくると思います。またデジタルのコミュニケーション・ツールを使いこなすリテラシーも、大きく進展しました。
西村:これまでは「家」と「職場や学校」を行き来する毎日が中心であり、それ以外の日常的な身の置き場やコミュニティを持つ生活者はまだ限定的だったのではないでしょうか。それが今回のコロナ禍をきっかけとしてオンライン・ツールなども後押しすることで職場との関係に変化が生まれ、可処分「時間」が増えた人も多いのではないでしょうか。そういう人たちにとって、新しく手に入れた自分の時間を「だれと」「どのように過ごすか」という意識と機会が拡大しつつあります。これらが家でもない、職場や学校でもない新たな「場」との関係性やニーズを生み出していると思います。
小林:何年も前から注目されていたキーワードとして「2拠点居住」というものがありました。ただし、それは別荘・セカンドハウスを持つことのできる一部の富裕層のもの…というポジションから拡大しきれずにいました。しかし、今回のコロナのような有事が起こると「1家族1拠点」という暮らしがリスクを伴うという考え方を生みました。ライフラインの確保/マインド・スイッチ/メンタル的な観点からも、これからは富裕層だけに限らずに自分たちなりの2拠点・3拠点をどう確保するか?という多拠点への意識が高まるのではないでしょうか。
山下:毎月の定額制で全国に数十ヶ所ある空き家や民泊などに「泊まり放題」の多拠点ライフ事業ADDressなども再び注目を集めていますし、最近では地方の学校が都会の学校と連携してどちらに通ってもよい「デュアルスクール」といった制度へのトライアルも始まっており、多拠点生活=サバーバルライフを可能とする基盤も徐々に整いつつあるようです。これらが一般の生活者にとってのハードルを下げることにつながりそうですね。
城:どこに身を置いていても、オンライン・コミュニケーションの進展などによって仕事や就学が可能となれば、企業における地方支社のあり方や採用の考え方なども大きく変わり、経営におけるエリア戦略の観点でも大都市と地方の垣根が限りなく低くなってゆく…ということもあり得るのかもしれません。
城:そして最後は「住まい」視点です。ここは都市生活者である多くの方々が、新たなニーズや変化を実感しているところだと思います。
西村:これまで住まいは休息や家族の憩いの場であり、極めてプライバシーを追求した空間であったと言えます。その一方で、自分の成長や自己実現へと向かう活動は、基本的には家の外にあるものでした。ところが今回の巣ごもり生活(リモート●●)をキッカケに、住まいにおける活動内容や求められる機能が大きく拡大しました。同時にずっと家の中にいる閉そく感によって、休息や憩いなどの機能を家の外や地域に求める欲求も徐々に顕在化しました。
城:いわば、住まいにおける機能と環境の「内部化」と「外部化」が進行していると言えそうです。
小林:働く場である「セカンドプレイス」や新たな交流やいつもとは違う自分でいられるような「サードプレイス」としての要素が、イエナカ化してきていると言えます。そうなると、昭和以降で当たり前となっていた住まいの間取り=2LDK、3LDKなどのスタイルが、実情と合わなくなってきているのかもしれません。たとえば近年のトレンドとしては、大きなリビングで家族みんなが一つの空間で過ごすことが重視されてきました。しかし、仕事をしたり勉強をしたりといった集中したい時間が多くなるほど、狭くてもそれぞれが「籠もって集中できる」ようなスペースも欲しくなってきます。また同じ家の中であっても「昼の環境」と「夜の環境」が大きく異なる、切り替える…ということもあるかもしれません。
城:それから家事への関わりも、STAY HOMEによって大きく変わったご家庭も多いのではないでしょうか。私の家では、コーヒーを豆から自分で挽いて手で淹れることがとても多くなりましたし、いままで全くトライしたことのなかった本格的なカレーメニューが、最近では定番の仲間入りをしました。
小林:これまでも夫婦共働きの拡大などによって、家事の分担が若い世代ほど進んだと言われていましたが、実はまだまだ分担しきれていなかった…なんてことが、多くの家庭で発覚したのではないでしょうか。行き着くところまで行き着いた…と言われていた住宅内の設備や空間設計ですが「共家事」発想で見直すと、まだまだ工夫の余地が残っているかもしれません。たとえばキッチン台の高さなどは、男性や子供が使うには使いづらい一律の高さとなっており、高さ調整ができるとかエリアや向きによって高さを変えた設計になっているなど、もっと家事を楽しみながら参加できる設備や空間のアイデアに期待が高まります。
城:本レポートでは、今回ご紹介した視点以外にも様々な兆しや仮説を盛り込んでいます。またレポートの最後には、このような価値観の変化がどのようなライフスタイルとして具体化すると考えられるのか?ファミリー層・若者層・シニア層の3人を主人公としたストーリーとして描いています。
都市と生活者を取り巻く環境は、いまも刻々と変化し続けています。私たち都市生活研究所は、都市の中に次々と現れる未来の兆しに対して、これからもアンテナを張り続けてゆきたいと思っています。
左から、
山下 雅洋/2012年読売広告社入社。都市生活研究所・都市インサイトルーム所属(データドリブンマーケティング局兼務)。インサイトプランナー。ブランディングとインサイトプランニングを武器に、飲料、化粧品・日用品、菓子、自動車など幅広いクライアントのブランディング及びコミュニケーション戦略を担当。インサイトの発掘においては、行動経済学や社会学の知見をもとに、フィールドにおける体感を重視する。モットーは「前提を疑え、体感を信じろ」。
城 雄大/都市生活研究所 所長代理 兼 都市インサイト研究ルーム ルーム長。1999年 読売広告社に入社。マーケティング・プランニングの部門にて、航空会社・玩具/ゲームソフトメーカーなどのクライアントに対するマーケティングおよびブランド戦略に関する業務に従事。2011年より都市生活研究所に所属。主に地域の再開発に関するコンセプト開発/商品企画や都市と生活者のインサイトに関する研究などを手掛ける。大学時代に学んだ民族学での「フィールドワーク視点」を大切に、研究を続ける。
小林 亜也子/2005年読売広告社入社。営業を経て、2008年より都市生活研究所に所属。街づくり、マンション開発、商業、玩具、飲料、食品と幅広い業種・領域で、商品開発・ブランディング・コミュニケーション戦略立案に携わる。特に住領域での商品開発やエリアコンセプト開発を多数担当。近年は、建築家を中心とした有識者ネットワークを活かし、街・場づくりを基軸とした研究(「都市ラボ」「次世代サードプレイスラボ」)に従事。
西村 真/2005年読売広告社入社。営業を経て、2006年より都市生活研究所に所属(2020年8月よりビジネスデザイン局在籍)。不動産クライアントを中心に、住宅、商業、エネルギー企業、自治体までtoC企業、toB企業問わず広く担当。業容は、広告領域ではコンセプト策定からコミュニケーション戦略を中心に、クリエイティブやプロモーションにも積極的に関与。シンポジウムの企画や、自治体では創生戦略やシティブランディングにも関わる。