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コロナ禍に浮かび上がるキーワード ~「利他」とは何か~

2021.12.10

はじめに

新型コロナ感染症の拡大以降、「利他」という言葉を耳にするようになった方も多いのではないでしょうか。もともとは仏教用語である「利他」がなぜいま注目を集めているのか、これからの時代に私たちは「利他」をどう生かしていけば良いのか。

都市生活研究所では、研究の一環として「利他研究プロジェクト」を立ち上げ、東京工業大学 未来の人類研究センター長の伊藤亜紗教授、木内久美子准教授の指導を受けながら、いまの時代における「利他」の読み解きを進めています。研究チームを率いる都市生活研究所 所長の水本宏毅、都市生活研究所 生活者フォーサイト研究ルーム ルーム長の小島正子に話を聞きました。

複数のカテゴリーから共通して表出してきたキーワード:「利他」は、今後を考える重要なキーワードになり得る

──最初に、この研究プロジェクトを立ち上げた背景を聞かせてください。そもそも、なぜ「利他」に着目したのでしょうか。

水本:大きな背景の一つとして、「SDGs(持続可能な開発目標)」があります。
例えば、サステナビリティやダイバーシティ&インクルージョン、ジェンダー、格差是正。さまざまな社会課題の解決が社会や企業に求められるようになってきましたが、提示されている課題は、いずれも他者との関係性、つまり利他的な視点を持ったうえで次の社会・企業のあり方を探していくという点で共通しています。特に企業に関しては、これまで主眼とされてきた自社の利益や成長に留まらず、利他的な企業のあり方へとステップアップしていくことが求められていると感じます。

──意外ですが、SDGsという視点を通してみると、利他は社会だけではなく、企業とも実はとても密接に結びつくものなのですね。

水本:フランス政権の中枢で重要な役割を担い、欧州を代表する知性のひとりとされているジャック・アタリ氏も、『政治・社会の構造的な行き詰まり打開に必要なのは「利他」』※と書いています。政治や経済の世界で「利他」というキーワードが出てくるとは想像できなかったですが、時代は変わってきていますね。

※『2030年ジャック・アタリの未来予測』‐不確実な世の中をサバイブせよ!(ジャック・アタリ著、林 昌宏訳、プレジデント社)

──生活者のなかでも「利他」は注目されているのでしょうか。

小島:生活者のなかでも利他的な視点や行動に対する関心は高まっていると感じます。SDGsに対する認知や関心も、年々高まっているという結果が各種調査で出ています。なかでも、いわゆるZ世代を中心とした若年層は、環境問題やダイバーシティなど社会課題に対する関心が高いと言われており、「利他」を研究することは生活者のこれからを知ることに直接つながると考えています。

そして直近では、新型コロナ感染症の流行も「利他」への意識を高める要因になったと考えています。感染症対策は、これまでは医療に期待するところが大きかったと思うのですが、今回の感染症拡大の初期にフォーカスされ、以降ずっと対策として重視されてきているのが「ソーシャルディスタンス」や「マスク着用」など、人との距離の取り方や向き合い方です。自分のことだけ考えていても解決しない、よりよい世界・社会の実現のためには人との関係性を考えることが不可欠である。世界の流れやパンデミックを通じて、いま多くの生活者の方がそうした気づきを持っていると感じます。

──都市生活研究所が「利他」に着目した背景には、若年層の社会問題への関心の高さ、そして新型コロナ感染症の流行もあるわけですね。「利他」が社会や経済・生活者と非常に深い関係にあり、これからの重要なキーワードであることがイメージできます。

水本:「利他」は、都市生活研究所がこれまで培ってきた研究ナレッジとも実はリンクしています。研究所の大きな機能のひとつに、都市や場や空間に起こる様々な“事象”から都市と生活者の今とこれからを読み解く「都市インサイト研究」があるのですが、都市や場や空間の背景には、「私」ではなく、「私たち」という他者との関係性や「コミュニタリアニズム(共同体主義)」が存在しています。生活者の「利他」的な意識を知ることは、都市や場や空間のあり方を読み解くヒントとなるとも考えています。

──都市研究の知見があるからこそ「利他」に着目、そして、「利他」を研究することは「都市研究」をさらに進める材料ともなる、ということですね。都市生活研究所が「利他」に着目した世界の流れ、そして、都市生活研究所ならではの着眼点がよく理解できました。

研究は、「利他研究」で注目を集めている東京工業大学・未来の人類研究センターからの学術指導を受けて進行中

──具体的には、どのように研究を進めているのでしょうか。

小島:研究テーマとして「利他」に着目したときに出会ったのが、当時刊行されたばかりの新書『「利他」とは何か』 (集英社、編著:伊藤亜紗、著者:中島岳志、若松英輔、國分功一郎、磯崎憲一郎)でした。
利他は、辞書でひくと「自分のことよりも他人の利益を図る」と書かれており、“滅私奉公”的なニュアンスで受け取る方も少なくないと思います。一方で、書籍『利他とは何か』で語られている利他には、辞書から受ける印象とは異なる独自の切り口が提示されており、その新たな解釈に非常に興味を持ちました。そこで著者のひとりである東京工業大学 未来の人類研究センター長の伊藤亜紗教授にご相談し、研究に対する視座を与えていただくことになりました。指導には、同センターの木内久美子准教授も加わってくださっています。

東京工業大学・未来の人類研究センター 伊藤亜紗教授

同・木内久美子准教授

水本:東京工業大学 未来の人類研究センターは、リベラルアーツ研究を推進するため、科学技術創成研究院(IIR)の中に2020年2月に設置された組織で、最初の5年間は「利他」をテーマに掲げて活動をされています。
当初、理工系大学のなかで人文社会系のテーマである「利他」を研究されているのは非常にユニークだと感じたのですが、考えてみれば技術やものづくりのコアには「誰かの役に立ちたい」という、利他の精神そのものと言えるものがあるわけです。世界がGDP(経済成長)の限界を感じるなか、利他は企業活動の次なる原点ともなっていくだろうと考えています。

「YOMIKO都市生活研究所フォーラム2021」では 伊藤亜紗教授とのトークセッションを実施

──「YOMIKO都市生活研究所フォーラム2021」(2021年10月21日リアル開催および10月26日~11月3日オンライン配信にて開催)では、「利他」についてのプレゼンテーションをされていましたね。

水本:<コロナ禍に浮かび上がるキーワード~「利他」とは何か~>というタイトルのもと、前半で伊藤先生から基調プレゼンテーション「利他とは何か」、後半は伊藤先生・水本・小島とのディスカッションを行いました。

小島:前半の先生のお話は、これからの「利他」を解釈するのにとても有益なお話だったのではないかと思います。伊藤先生はプレゼンテーションのなかで、障害者研究のなかからの気づきとして「善意の壁」というお話をしてくださいました。障害を持った方に良かれと思って、こちらはいろいろと先回りして手助けをしてしまう。でも、それは本人が望んでいることなのか。『本人に挑戦やジャンプする機会がなくなってしまう』『善意(利他)の押し付けは、相手をコントロールすることにつながる』といった先生のご指摘は、利他的な行動を無条件に「善い行い」と思い込んでいた私たちにとって目から鱗の気づきでした。

水本:『受け取られて初めて利他は成立する』『科学技術も同じこと(先回りの利他は利他にならない)』とも仰っていましたね。企業の利他的な考え方や活動を見直す際にも、大変有用な視点だと感じました。また後半のディスカッションでは、利他と若者や、企業のSDGsへの取り組みに対して利他の観点からお話も伺い、あっというまの時間でした。ご来場・オンライン視聴された企業の方から、大変有益だったとのお声を頂戴しています。

都市生活研究所では、引き続き「利他研究」を通して、これからの企業のあり方やコミュニケーションのヒントとしていきたいと考えています。

水本 宏毅

都市生活研究所 所長

1990年読売広告社入社。大手不動産クライアントの再開発事業や住宅プロモーション業務に携わったのち、経営企画局長を経て、2016年に都市生活研究所所長に就任。「シビックプライド研究会」や再生都市研究「都市ラボ」など、都市と生活者研究を通じて、企業や自治体のプロモーション業務に取り組む。
著書(共著)「シティプロモーションとシビックプライド事業の実践」(2019年 東京法令出版)

小島 正子

都市生活研究所 生活者フォーサイト研究ルーム ルーム長

2005年読売広告社入社。ストラテジックプランニング局やR&D局を経て、現在は生活者研究を主務とする。プランナーとしては、食品・飲料メーカーを中心に担当。この数年は生活者研究のほか、リクルート活動支援のためのオリジナルプロジェクトも主導しており、新卒学生採用のための企業コミュニケーション戦略にも詳しい。