YOMIKO STORIES
2024.10.07
「企業とターゲット」から「アーティストとファン」の関係性へ。新たなつながり方を生み出すクリエイティブ発想とは
~JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト受賞記念~
統合クリエイティブセンター所属の高橋 尚睦が一般社団法人日本広告業協会(以下JAAA)主催の2023年クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリストを受賞しました。
企業MVというクリエイティビティで、「企業とターゲット」の関係を、「アーティストとファン」の関係に展開したことが評価されました。新たなGAME CHANGEをした統合クリエイティブセンターの高橋に、様々な作品を手がける中で、大切にしていること、今後どのようなGAME CHANGEを起こしていきたいか、インタビューをしました。

― この度は受賞おめでとうございます!まずは受賞した感想について、聞かせてください。
ありがとうございます。クリエイティブディレクターとして目標にしていた賞なので嬉しいです。エントリーした作品もたくさんの方が心血を注いでくださったものなので、チームの頑張りに報いられてよかったなと思います。
「企業とターゲット」という関係性から、「アーティストとファン」のような、揺るぎない関係性に転換し大きな反響へ
― 今回エントリーした作品の中で、明電舎・代々木ゼミナール(以下、代ゼミ)の作品は、“企業MV”(ミュージックビデオ)という点で共通点がありますが、どのような発想でこのようなクリエイティブが生まれたのでしょうか。
「ブランドをアーティストとして捉える」ということかなと思っています。
ここでいうアーティストとは高尚な芸術家という意味ではなく、どんなブランドも、ある哲学や想いがまずあって、それが具体的な“表現”として結実したものが「商品」や「サービス」であるという考え方です。
その根っこの哲学や想い・価値観の部分を掬い上げてエンタメ化することで、広告という枠組みを越えて、よりコンテンツ的に触れてもらうことができるのではないか。そうした触れ方をしてもらえれば、「企業とターゲット」という関係性から「アーティストとファン」のような、継続的で揺るぎない関係性を築けるのではないか。今回のエントリー作品はそんな発想から生まれています。
明電舎「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇

代ゼミ2023年CM「秘めたまま、終わるな。」
※音源は各種サブスクで配信中
―「アーティストとファン」という関係を築いた“企業MV”ですが、ローンチ後、両作品ともSNS上で熱量の高い反応があったようですね。
明電舎の「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇では、「今まで見たCMの中で一番好き!」「普段は飛ばすのにこれは最後まで見てしまった」「何度も見てしまう」といった声が聞かれました。
代ゼミの「秘めたまま、終わるな。」では、作詞に加え作曲も担当したのですが、音楽への反響が大きかったことが嬉しかったですね。こちらも「代ゼミのCM曲が好きすぎる」「切実に音源化してほしい!」「ハマってしまった」など、楽曲に高い熱量で投稿してくださる方がたくさんいて、音楽エンタメの力を実感しました。
― SNS以外の反響はいかがでしたか。
定量的な成果では、明電舎ではサイト訪問数が平時と比べてデイリーで最高90倍、出稿期間は月間20倍以上という結果が得られ、視聴者が明電舎のことを知ろうとしてくれた様子がうかがえました。
代ゼミでは「いい刺激をもらえそう」「楽しそう」「主体的に取り組めそう」「前向きに頑張らせてくれそう」といった代ゼミブランドのイメージがおよそ3倍に高まり、結果生徒数増にもつながっていきました。
―また明電舎の企業MVではYouTubeでの再生数が210万再生とB to B企業では大きな結果かと思いますが、このような大逆転を生む為に、何か独自ノウハウがあれば教えて下さい。
先ほどの話にもつながりますが、思い切った形で「エンタメ性」「コンテンツ性」に立脚することだと思っています。
それは単におもしろいほうがいいよね、ということではなく、最も重要なことは「受け手の能動性を引き出す」ということだと捉えています。 見たくて見るのか。見させられているのか。データとしてはおなじ「1回視聴」としてカウントされますが、その効果には大きな開きがあります。
100回受け身で言われるよりも、たった1回でも“前のめりな”態度で触れてもらうほうが、効果の「強さ」もその後の「持続性」もまったく違うものになってくるはずです。 そしてブランドが相手の中に「自分を前のめりにさせた存在」として強く残っていけば、「見せたいことを見せた」「言いたいことを言った」だけでは築けない、強固な関係性に変わってくるのではと思います。

広告のおもしろさは、受け手の人生や生活に 《直接的に》 影響を与え得ること
― このようなクリエイティビティを発揮する為に、日ごろ意識していること、ポリシーや信念があれば教えて下さい。
個人的にずっと考えているのは、「広告だからこそのおもしろさ」とは一体どんなものなのだろう、ということです。
ただおもしろいだけのものならもう飽和していて、YouTubeやTikTok、サブスクを探せば一生かかっても見きれないだけのコンテンツが乱立しています。過去の名作だけでも見きれないのに、さらに毎年、毎クール、次々と新作が生まれてくる状況です。
広告の競合はもう業界他社商品ではなくて、こうした「純粋におもしろいもの」と時間を奪い合っていると考えたほうがリアルだと思います。その中で、「広告にしか届けられない価値」が果たしてあるのか。自分としてはあると信じたいですし、もしクリエイティビティというものがあるなら、そこに向かって発揮させていたいという思いがあります。
― 高橋さんの中では「広告ならではのおもしろさ」をどのようにとらえていますか?
私なりの今の答えは「広告はノンフィクションである」ということです。
エンタメの多くはフィクションですよね。一度現実とは切り離された別世界に連れていってくれるからこそ、現実にも力を与えてくれる。それはフィクションだからこその素晴らしい特性だと思います。
その点で、広告はすこしおもしろい立ち位置をしていて、広告物自体はフィクションだとしても、ブランドや企業というものはリアルな現実につながっているので、受け手の人生や生活に《直接的に》影響を与え得るということです。
― 受け手の人生や生活に《直接的に》影響を与えるとは、たとえばどのようなことですか。
たとえば、電気のことについて常々考えている人ってなかなかいないと思いますが、「明電舎」というブランドを通じて、「いかに自分と電気が深く関わっているか」にすこしだけ思いを馳せたり、広告に接するまで持ったことのなかった感情や愛着を、電気という対象に持てたりするかもしれません。
あるいは、「代ゼミ」というブランドを通じて「勉強への臨み方」について、自分への問いかけをするきっかけが生まれるかもしれません。そしてその広告エンタメで触れた価値観に基づいた学び方ができる「代ゼミ」というサービスが受け皿として実在していて、その後の人生を実際に変えていくかもしれません。
広告エンタメは、人の生き方や過ごし方にダイレクトに関わっていて、そこに対して“直接的“な応援ができる。だからこそ、思いがけない強度で人の背中を押せることもある。この点において、広告エンタメは人から時間をいただく価値がこの時代にもあるのではないかと思っていますし、広告に触れてくれた人からその価値があったと思ってもらえるものをつくりたい、ということは自分なりに意識している部分です。
― コンテンツが乱立している中で、生活者を取り巻くメディア環境のスピード変化が日々早まっています。その上でコミュニケーション設計で大切にしていることがあれば教えてください。
人々の情報へのスルースキルがとんでもなく高くなっている今、メディアの「露出量」と受け手の記憶や心に残る実際の「印象量」はますます比例しにくくなってきていると感じます。そういう速い時代だからこそ、大切にしたいのがコミュニケーションにおける「動機づくり」です。
逆説的ではありますが、時代のスピードが上がったからマイクロコンテンツにすれば良い、ということではなくて、むしろスピードが上がったからこそ、「なぜそのコンテンツを“目や指を止めてまで”人が触れたいと思うのか」について、これまで以上に丁寧に考える必要がどんどん強くなっていると思います。「広告は見られない時代」だから、「せめて見てもらえる範囲の中で考える」のか、「それでも見てもらえるものにするには?」と考えるか。両方のアプローチがあって良いと思いますが、自分の場合は後者を心がけています。

“実効性”に繋がるブランディング活動へ
― 今回は「アーティストとファン」という関係構築、“企業MV”というフレームなど、独自のクリエイティビティでGAME CHANGEを起こした結果と捉えられるかと思いますが、今後はどんなGAME CHANGEを起こしていきたいでしょうか。
「ブランドをアーティストとして捉える」という考え方をクリエイティブ領域だけでなく、ブランディング活動全体まで広げていければと思っています。
たとえば企業のミッション・ビジョン・バリューといった上位概念づくりや、商品・サービスのブランドストーリー開発にも「ブランドはアーティストである」という考え方から見えてくるアイデアがたくさんあると思います。
そうすることでどこに違いを生み出したいのかというと、コミュニケーションの「実効性」です。
ブランディングを考えるとき、ブランドの定義や方向性の「正確さ」は多くの人が注意を向け、それなりにコストもかけられますが、それが本当に人を動かすのかという「強度」については、重要性の割に十分な注意が向けられていないように思います。
船に例えるなら、正しい方角を向くだけでは目的地にはたどり着けなくて、最終地点まで必要な距離を実際に進む必要がありますよね。ブランド定義や戦略論は必要ですが、それだけでは「方角」しか決められず、実際に「船を漕ぐ」のはクリエイティビティである、と思います。
そういう捉え方をしたときに「アーティスト」という考え方は、関わる人をファンにしたり、巻き込んだり、継続的な関係や感性的な共鳴を生み出したりと、より「実効性」に結びつきやすいポテンシャルがあるのではないかと思っています。
今は変化の大きい時代だからこそ、“リブランディング”を必要としているブランドはたくさんあると感じています。そこに対して、「ブランドはアーティストである」という捉え方と、それを実効性に落とし込む「エンタメ/コンテンツ発想」で貢献できれば嬉しいです。
明電舎「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇
https://www.youtube.com/watch?v=KbugdlChqV4
代ゼミ「秘めたまま、終わるな。」音源
アップルミュージック
Spotify
LINE MUSIC
AWA

高橋 尚睦(たかはし よりのぶ)
クリエイティブディレクター/コピーライター
2023年 クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリスト、YouTube Works Awards Japan グランプリ、TCC新人賞、ACC賞、広告電通賞金賞、日経広告賞最優秀賞、読売広告大賞最優秀賞など受賞。主な仕事に、明電舎「電気よ、動詞になれ。」サッポロビール箱根駅伝「走れ、母のお腹を蹴っていたその足で。」「走りたかった4年生たちへ。」東京シティ競馬「世界がいつかまた、騒がしくありますように。」など。近年では作詞・作曲も。日本テレビ「一行ポップ」出演中。