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所有と共有の歴史からひもとく、少し未来の生活者

2020.12.16

「YOMIKO 都市生活研究所フォーラム2020」の生活者フォーサイトセッションでご紹介した「所有と共有の歴史からひもとく、少し未来の生活者」から、研究発表内容をお届けします。

──「所有と共有」というテーマで研究しようと思ったきっかけを教えてください。

山下:共有経済、つまりシェアリングエコノミーが今後伸長するという記事や書籍はよく目にしますし、実際そのような傾向にあることも理解しているのですが、一方「所有」に関してはあまり議論がされていないと感じていました。
またシェアリングエコノミー関連の記事や書籍の中には、所有することが「よくないこと」という文脈で書かれているものも多く、それには少し違和感がありました。改めて「これから所有はどうなるのか」について考えてみたいと思いました。

──なるほど。では、研究のアプローチとして「歴史を遡る」という手法を選んだのはなぜでしょうか?シナリオプランニングやデルファイ法など、未来予測の手法を使う選択肢もあると思うのですが。

山下:もちろん未来予測という手法もありますが、例えばコロナ禍のような誰も予測ができない事態も起こっていますし、VUCAという言葉でも示されているように、未来がますます予測しにくくなっているという現実があります。また現在の生活者の「所有と共有」意識を調査で定量的に捉えるというアプローチも考えたのですが、どうもしっくりこない。
そんな折に歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンスがどう振舞うかを理解するためには、彼らの行動の歴史的進化を記述しなくてはならない」という言葉に出会いました。歴史は「人類の行動データ」の宝庫だということに改めて気づかされ、これまで人類が「所有と共有」に関してどんな行動をとってきたか、そこにこれからを考える時のヒントがあるのでは、と考えました。

──「5万年」も歴史を遡るとは、驚きです。

山下:いえ、上には上がいて、10万年まで遡った研究もあるので5万年はそこまで大げさな話ではありません。ただ5万年前というのは人類が言語を獲得した時期でもあり、言葉が生まれ、コミュニケーションが生まれ、その結果「所有と共有」という概念が生まれたと考えると、ある意味「所有と共有が誕生した時」と言えるかもしれません。

──研究を進めていく上で苦労されたことなどありますか?そこまで過去に遡るとなると参照データは少ないと思いますが。

山下:おっしゃるように、研究自体は非常に面白く、発見の連続で楽しかったのですが、参考資料があまりないのが苦労と言えば苦労でした。シェアリングエコノミーに関する資料はたくさんあるのですが「所有」がテーマの資料は数が限られていて。
ただ「経済人類学」という学問があって数多くの名著が存在しており、それに助けられました。経済人類学は、文化人類学視点で経済現象を研究するという面白い学問なのですが、人間の非合理で生々しい部分を大事にしながら経済現象を読みとくという個人的にも納得度が高いものでした。

──確かに経済人類学は、数字も参照しつつ、主に人類の「所有の振舞い」について記述してますね。その他にどんな研究アプローチをされましたか?

山下:歴史を振り返り、所有と共有の歩みを見つめなおしながら、もう一方で現状のシェアリングエコノミーに携わる各事業者様にも色々な形でインタビューさせていただきました。実際にビジネスを動かしている方々の話からも大変刺激を受けました。

──今回のフォーラムのために、年表もつくったとか。

山下:「サピエンス所有共有5万年史」という年表をつくりました。5万年前から今までの歴史を「所有と共有」視点で捉えなおすという試みです。

──私も拝見しましたが、改めて5万年という歴史を俯瞰してみると、色々な気づきがありました。

山下:そうなんです。年表って、学生時代はただ機械的に年号と出来事を覚えるだけだったのでひたすら苦痛でしたが(笑)、ある視点やテーマをもって自分で年表をつくってみると、その過程で様々な気づきや発見が得られるとても面白い作業でした。お薦めです(笑)。

──例えばどんな発見があったんでしょうか?

山下:一番興味深かったのは「所有と共有はらせん型で進化してきた」という仮説を発見できたことですね。時代が変わるたびに「所有」が主役の時代、「共有」が主役の時代と入れ替わり立ち替わり、まるでらせんのようにぐるぐる巡りながら進化してきたという仮説です。

──所有と共有が二項対立ではなく「らせん型」というのが興味深いですね。どちらが主役になるかはどうやって入れ替わるんですか?

山下:もし興味があれば時間をとってお話しますが、簡単に言うと、3つの要素が揃った時に所有と共有が転換する傾向にあります。その3つは「危機」「イノベーション」「物語」です。

──もう少し詳しくお話しいただけますか?

山下:具体的な事例で話した方がわかりやすいので、例えばルネサンス時代を例に話します。ルネサンス期は「所有」の時代としているのですが、これは3つの要素が揃ったからなんです。一つ目の「危機」は「ペスト」。当時ヨーロッパの人口の三分の一が亡くなったとされています。この疫病が社会システムを根底から覆しました。そして「イノベーション」は「数量化革命」です。

──数量化革命、あまり聞きなれない出来事ですが。

山下:ルネサンスと言えば「芸術」というイメージが強いのですが、実はその頃、世の中の価値を「数値化して捉えなおそう」という動きが生まれています。それが数量化革命です。それまでは神の尺度で捉えていたものを、もっと人間の尺度、測れるもの、目に見えるものとして捉えなおそうという動きです。この時期、複式簿記や暦、地図や機械式時計などが発明されたり発展したりしています。

──今でも使っているものばかりですね。

山下:そうなんです。そして3つ目の「物語」は「人間中心」というものです。「物語」は「価値観」と言い換えてもいいと思いますが、これまでは「神の視点」が中心だったのに対して、もっと人間の視点、個人の視点を大事にしようという価値観が広がりました。
この3つが揃うことで、新しい経済が生まれ、新しい商人が活躍し、彼らを中心に所有が広がっていきます。

──なるほど。ルネサンスが近代の夜明けだとすると、その3つの要素が新しい時代の扉を開いたと言えそうですね。ではこれからの所有がどうなるかも、その3つの要素をどう見極めるかが重要ということでしょうか。

山下:その通りです。いまここでその3つの要素を明言することは避けますが、ただ兆しとして「所有から共有へ」という流れとは逆の「共有が新しい所有を生む」という現象も起きています。今回私たちはその実証実験も行っており、そこでも同様の流れが見られました。

──どんな実証実験をしたんですか?

山下:第一園芸という企業と組んで、花をテーマに「共有から所有が生まれるか」という実証実験です。結果としてこちらの想定よりも高い評価を得ることができて、これに関しては現在事業化を検討しています。

──それは楽しみですね。

山下:この実証実験の結果からも、これからは、所有と共有をもっと自由に行き来する時代になる可能性を感じています。結局、所有も共有もあくまで手段なので、それを使って「何を実現したいのか」を見極めることが重要です。これからも研究を続けていく上で、新しい発見がありましたらまたお伝えしたいと思います。

──ぜひお願いします。ありがとうございました。

山下 雅洋

都市生活研究所 都市インサイトルーム(データドリブンマーケティング局兼務)

インサイトプランナー

2012年読売広告社入社。
ブランディングとインサイトプランニングを武器に、飲料、化粧品・日用品、菓子、自動車など幅広いクライアントのブランディング及びコミュニケーション戦略を担当。インサイトの発掘においては、行動経済学や社会学の知見をもとに、フィールドにおける体感を重視する。モットーは「前提を疑え、体感を信じろ」。