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2021.10.22
あなたは「偏愛」というワードに、どんなイメージをお持ちでしょうか?
ちなみに「偏愛」という言葉を辞書で引くと、こうあります。
ある特定の物や人だけをかたよって愛すること。また、その愛情。
実は今、この「偏愛」が、世の中で非常に注目されているトレンドワードになっています。
ひと昔前までは、こうした嗜好はいわゆる「オタク」と呼ばれ、一般には理解されづらいものでした。そのため、自分に偏愛嗜好があることをひた隠し、限られた仲間内だけで楽しむ閉鎖的なものだったように思います。しかし、価値観の多様化やSNSの普及により、誰もが自分の偏愛を自由に情報発信することができるようになり、今ドキの偏愛は、誰にでも開放された「コミュニケーションツール」へと変遷を遂げています。おそらく、その傾向に拍車をかけたのがコロナ禍で芽生えた「自分らしさ」を肯定する価値観の高まりかもしれません。実際Google Trendsによると、昨年2020年3月頃から「偏愛」検索が急上昇していることがわかりました。
■Google Trendsによる「偏愛」の検索結果
こうした中、ひとつのモノに偏愛的にこだわったビジネスが注目されています。昨年、渋谷の複合施設にオープンした「白いTシャツ」だけを集めた専門店では、生地、デザイン、製法、生産国など、異なる個性を持った白無地Tシャツだけを多数取り揃えて話題になりました。また銀座や青山に店舗を展開する食パン専門店では、「3種類の食パン」だけを販売するスタイルで連日大行列のできる人気ぶり。それらは、あるジャンルを編集的に集めた「セレクトショップ」ではなく、特定のジャンルに対するオーナーの偏愛的なこだわりが、今までにない新しい価値を生み出しているようです。均一化する市場の中で、まさに“偏愛”こそが、魅力的な商品やサービスを生み出す源泉になっているケースと言えるでしょう。
テレビや雑誌で特集されているテーマをみると、偏愛対象となるものは、最大公約数に受け入れられ、平均点を超えたバランスのいい、誰もが欲しいと思う高価でオシャレなモノやコトではありません。「インスタント袋麺」や「グルメ缶詰」、「スーパー銭湯」や「ドライブイン」、「ママさんコーラス」や「2時間サスペンス」なんていう偏愛テーマもあるようです。
■偏愛的視点を持つテーマ(TBS「マツコの知らない世界」過去放送リストより抜粋)
これらはむしろ、どこかニッチでマニアックな独自性があったり、欠点はあるけど品質は担保されており、その欠点さえも愛すべき魅力になっている、目利きや知る人ぞ知るモノやコトが多いのではないでしょうか。時間とお金と情熱のすべてを掛けて「自分だけが見つけた」「自分だけが知っている」ストーリーが、偏愛をさらに加速させていくのです。
■偏愛対象となるもののポイント
このように、偏愛とは、あるモノやジャンルへの探求心と愛情をとことん突き詰めた結果、世間ではあまり注目されないニッチな存在への無上の愛やその魅力を周囲に啓蒙する、偏った行動のことだと考えられます。
ここで、重要になるのが「偏愛人」の存在です。
「偏愛人」=特定のものや分野に異常なこだわりと愛情を持ち、自分の時間とお金と情熱すべてをかけて、深く狭く愛する人。
「マツコの知らない世界(TBS)」や「沼にハマって聞いてみた(NHK)」などの人気TV番組に登場する人たちのことをイメージしてみてください。ものすごい熱量で、自分が愛してやまないものについて語る、あの人達こそが「偏愛人」なのです。
彼ら偏愛人は、「自分だけがその良さを知っている」という独自の「偏愛フィルター」=一般の人とはちょっと違った独自の視点や切り口で、愛してやまないモノやコトについて、その背景にあるバックストーリーまで含めて、目をキラキラと輝かせて魅力たっぷりに語ってくれます。最初は自分にはちょっと興味がないな、と思うようなモノ(偏愛対象)であっても、彼ら偏愛人の偏愛ストーリーを聞くことによって、「あれ、ちょっと気になるかも?」「欲しいかも!」という気持ちにまでさせてしまう。偏愛人の偏愛ストーリーには、そんな不思議な力があります。
このように、偏愛は、機械化・均質化する世の中で、個人の際立った愛情がユニークな発見を生み出し、新しい視点で周囲の人々の興味を強烈に喚起する方法論のひとつになり得るのです。
私たちは、この「偏愛」および「偏愛人」がもたらす影響について早くから注目をし、独自調査を行ってきました。調査の結果、マスメディアやWebなどでこうした偏愛人たちが独自の視点でオススメの対象について語るのを見聞きすることによって、49%の人が紹介されている分野に対して興味を持ち、さらに24%の人が実際に紹介されているものを買った、と答えています。このように、偏愛人の愛情が多くの人に波及し、「偏愛」によって新たな消費の楽しみや消費の喚起につながっていることが読み取れます。
■偏愛の消費喚起力(偏愛消費行動web調査より)
また調査からは、「偏愛」による興味の対象は、特定の商品やブランドだけでなく、その対象商品やブランドを含むカテゴリーやジャンル全体の注目度を上げ、マーケットの拡大に貢献する、ということもわかってきました。例えば、ある偏愛人が「インスタント袋麺」の魅力について語る時には、袋麺A、B、C、D…と同時に比較をしたりしながら、袋麺Aのどこが優れているか?Bのどこが偏愛ポイントであるか?のディティールをとことん徹底的に語ります。同時に多数の比較対象の存在とともにそれぞれの個性について語ることで、聞く人の意識はそのカテゴリー全体の興味感心へと拡がるようです。
■偏愛による興味関心はカテゴリー全体へと拡大する
さらに、偏愛による消費の喚起は、カテゴリー全体への拡大だけに留まりません。
そこから派生するあらゆる関連領域に消費が連鎖していくきっかけとなるのです。
例えば、「焚き火」偏愛人を例に取ると、まずはアウトドアや焚火グッズのような焚火周辺カテゴリーから始まり、「焚き火」を楽しむようになりますが、その深みにハマり、やがてキャンピングカーや燻製機、配信機材といった幅広い領域にまで消費が広がっていきます。
■偏愛が起点となり関連消費が連鎖する
つまり、偏愛人の影響を受けて自らが偏愛的な行動欲求を持つようになった生活者は、もともとの興味カテゴリーだけでなく、そこから派生するあらゆる関連領域に消費が連鎖していくケースが多いこともわかってきました。
「偏愛」、それは、「消費意識をエクステンションする“新たな”インサイト」なのではないかと、私たちは考えています。偏愛人による偏愛型の消費は、私たちが思いもよらない方向に拡張されている、と言えます。
このように「偏愛」を消費喚起の視点で捉えることによって、これまでのマスマーケティング発想にはない、生活者への新たなアプローチの可能性が感じられます。読売広告社では、こうした偏愛型の消費を拡大する「偏愛人」に関する調査や、「偏愛人」の思考を起点に新たな消費喚起につなげるためのプロモーション手法について、今後も研究を進めていきます。
栁 佐織
統合コミュニケーションデザイン局
コミュニケーション・デザイナー
2000年読売広告社入社。
クリエイティブ局にて、コピーライター/CMプランナーを経て、2011年よりコミュニケーション・デザイナーとして、食品・菓子・アルコール飲料・化粧品・商業施設・不動産など、多岐にわたる業種の統合コミュニケーション設計、ブランディング、プロモーション立案・実施などに従事。JPMクリエイティブ・ソリューション・アワード、THE GLOBES、消費者のためになった広告コンクール、読売広告大賞、朝日広告賞、広告電通賞 など受賞多数。
西村 真
ビジネスデザイン局 ビジネスデザインルーム
シニアプランナー
2005年読売広告社入社。
営業を経て、2006年より都市生活研究所に所属、2020年8月よりビジネスデザイン局在籍。
不動産クライアントを中心に、住宅、商業、エネルギー企業、自治体までtoC企業、toB企業問わず広く担当。
業容は、広告領域ではコンセプト策定からコミュニケーション戦略を中心に、クリエイティブやプロモーションにも積極的に関与。シンポジウムの企画や、自治体では創生戦略やシティブランディングにも関わる。