SPECIAL CONTENTS

次世代サードプレイス・ラボVol.7 注目のサードプレイスの現場から

2020.06.10

都立公園内での設計・運営を実現させた初の民間事業 「Mr.FARMER 駒沢オリンピック公園」

はじめに

サードプレイスの現場へ足を運び、その仕掛け人を取材する次世代サードプレイス・ラボ連載レポート。今回注目したのは、都立公園内で飲食店の設計・運営を初めて実現させた民間事業「Mr.FARMER 駒沢オリンピック公園」です。オープンから3年が経った今、店舗が生活者にどのように利用され、周辺地域にどのような影響を与えているのか?現場でその仕掛け人を取材しました。

□■場の概要

「Mr.FARMER」は株式会社イートウォークが運営する、“美と健康は食事から”をコンセプトに野菜をふんだんに使ったメニューを提供するカフェレストラン。東京・千葉に5店舗展開しているが、駒沢オリンピック公園店はカフェレストランとしてだけでなく、ファーマーズマーケット・野菜の収穫体験・ヨガ・親子クッキングなど様々なイベントを開催している。

  • 施設名|Mr.FARMER 駒沢オリンピック公園

  • 所在地|154-0013 東京都世田谷区駒沢公園1-1-2

  • 2017年3月オープン

□■お話を伺った方

株式会社イートウォーク 取締役副社長 中澤祐介さん(写真左)
「どうやって目の前のお客様へ感動を与えられるか?」を日々追求し、全てにおいて“期待以上” “想像以上”を与えることを目指す。
食への大きな可能性を信じながら、海外出店への注力など幅広く展開している。
株式会社リックデザイン 代表取締役社長 松本照久さん(写真右)
日本の飲食店デザインを牽引するデザイナー。
企画から空間デザインまで多岐にわたって携わり、Mr.FARMER 駒沢オリンピック公園のコンセプト開発から設計を担当。

□■現地の様子

駒沢大学駅から徒歩約10分の、駒沢公園西口の入り口すぐに立地。
木目で自然に溶け込みながらも、公園に訪れる人を心地よく迎えるように佇む。

屋内席とテラス席は開閉式の大きなガラス扉で仕切られている。
外からも店内の様子が見え、開放的。

テイクアウトカウンター。
サラダや飲み物などのテイクアウトメニューのほか、夏期限定でかき氷を提供している。

テイクアウトカウンター横のテラス席。
周囲と馴染むような植栽が多く飾られていて、公園と店舗の境界が馴染んでいる。

高い天井・大きなガラス扉・至る所に飾られた植栽で駒沢公園の空気感を店内でも存分に味わうことができる。
涼しい日は開閉式のガラス扉を開けて店舗全体を開放できる。
店外に大きく突き出した屋根が特徴的。

サラダを中心にベジスムージーやヴィーガンメニューなど野菜や果物をふんだんに使ったメニューが豊富。
駒沢オリンピック公園はアスリートが多いため、パワープロテインメニューが人気。

店内の壁には月2回開催されるファーマーズマーケットや毎月開催されるシェフ直伝クッキング教室など様々なイベントの告知が。
手作りのデザインにあたたかみがあり、親しみやすさを感じる。

□■インタビュー

|「美と健康は食事から」をカタチに

Mr.FARMER1号店は2014年11月、表参道に誕生した。
当時周辺にカフェが少なく、需要性を見込んでスタート。どんな切り口が良いか考えたところ、野菜を中心としたヘルシー・ビューティー志向は今後少子高齢化が進む中で増えていくこと、そして何より“美と健康は食事から”というコンセプトのもと研究開発をしていたので、それを形にしようということで始まった。メニューはサンドイッチとサラダの2本柱で始めたが、サラダの需要が圧倒的に多かったことからアメリカ西海岸の美と健康の文化を取り入れブラッシュアップ。“お野菜カフェ”としてMr.FARMERのブランドを確立させた。

|民間事業者による初の試み

きっかけは、東京都公園協会による公募だった。公募内容は駒沢公園内の広場エリアか駐車場エリアに、東京都公園協会の共同事業者として建物の設計・建築・飲食店運営の費用を負担するというもの。店舗デザイン・建築から運営までを行う民間事業者の公募は都立公園では初の試みであった。
日常使いできる客単価とランナーの聖地である駒沢公園とアスリートメニューの相性が良く、イートウォークは多数経営するブランドの中からMr.FARMERの出店を企画。2つのエリアのうち使い方が難しい三角形の広場エリアのデザインにチャレンジし、40社競合であったがイートウォークが路面店で多数実績があったこと、三角形の敷地を活かした特徴的な屋根などが審査員の目に留まり、見事選ばれる。基本契約は20年。
また、東京都公園協会との共同事業として、大規模災害時には徒歩帰宅者や地域住民に無料Wi-Fiやトイレ、水などを提供するなど支援拠点として活動することも大きな特徴の一つ。

|コンセプトは“THE FOREST HOUSE”

職場と家の間の、居心地が良い場所のテーマとして“リビング感”が近年のキーワードになっている。駒沢オリンピック公園店は”THE FOREST HOUSE”をコンセプトに、森の中に佇む木造一軒家のようなイメージで設計。元々公園にある植栽と店舗の植栽をシームレスに配置し、開閉式の大きなガラス扉にするなど、店内にいても駒沢公園の開放的な雰囲気をそのまま味わえるような工夫を施し、椅子などのデザインは敢えて不揃いにすることで家のような居心地の良さを追求した。

意匠や敷地寸法については公園協会の承認を得て、高さについては東京都の承認を得なければいけません。Mr.FARMER駒沢オリンピック公園は公園協会と東京都の承認を得ながら、電気・ガス・水道などの引き込み申請を自分たちでイチから行うなどしながら厳しい規制の中完成しました。理想の場づくりには、時代を見抜き、行政との交渉に早めに取り組み、実施する力も必要だと思います。

ー 松本さん

|イベントを通じて地域との交流を育む

Mr.FARMERはイベント担当者を採用するほど、飲食業界の中でもイベントの企画・開催に力を入れている。イベント情報はFacebook・Instagramで発信し、またイベント来場者などユーザー間のクチコミによる情報伝播力も高く、定員が瞬時に埋まるイベントもあるほど。実際のところ、イベントの利益は薄いのだが、Mr.FARMERを広く認知してもらうため開催している。
公園付近の園芸高校とタイアップして学生が育てた野菜をファーマーズマーケットで販売したり、セントラルスポーツとタイアップしてヨガレッスンを開催したりとMr.FARMERが企画をすることもあれば、地域のバンドメンバーからライブを開きたいとの要望があり店内でライブを開催したりという使い方もされていて、Mr.FARMERをハブとして人々が交流を楽しんでいる。

|客層から見える今後の課題

土日の朝の時間帯はランナーの朝食やお年寄りの集まりなどで普段使いをされている。また昼の時間帯は子連れのママ友たちや、ペットの散歩コースであるためペット連れの客層も多い。しかし夜は客層が減るため、Mr.FARMERとしてはキャンドルナイトなどファミリー層で参加しやすい夜のイベントを充実させるなど対策を考えている。

駒沢オリンピック公園店はペット連れのお客様が非常に多く、ドッグフードメーカーさんとタイアップしたドッグフードを作るイベントが大人気。もともとテイクアウトカウンター横のテラスは客席ではなかったのですが、テイクアウト待ちのペット連れのお客様が多かったため席を作りました。今では店舗利用者以外もテラス席を利用されていますが、特に規制はせず自由に使ってもらっています。Mr.FARMERをもっと日常使いしてもらいたい。今のお子様が10年20年後に『ここ、子供の頃から通ってるんだよね』と言ってもらえるように、長く地元から愛されたいと思っています。

ー 中澤さん

□■まとめ

利益よりも人との交流を優先して行なうイベント活動、回転率が下がることを覚悟した居心地優先の店舗デザイン、顧客に限らず公園利用者や地域住民にオープンな運営、もしもの時に頼れる場所となる安心感。この全ては取材中、中澤さんが何度も口にしていた「長く地元から愛されたい」という思いに通じている。
地域の人が利用しやすい公園という公共の場所で、Mr.FARMERはブランドと利用者の絆だけでなく、利用者同士の絆を作るコミュニケーションの場を提供して地域に貢献している。リビング感を重視した居心地の良い日常生活の導線上に生まれた絆は、そのブランドへの愛着に繋がり、そんな場所が存在する地域にも影響が現れる。Mr.FARMERが地域の人に愛着を持って利用されることで、公園利用者や地域住民、そして周辺施設が刺激され、駒沢公園のエリアブランディング、延いては地域全体の活性化に繋がる。Mr.FARMERと駒沢公園周辺には「ブランドと地域が絆で結ばれ互いに成長する」という新しいエコシステムが形成されつつあるように感じた。
家賃の高い駅ビルやショッピングモールは効率や利益を優先させなくてはいけないため提供できる空間と内容に限りがあるのに対し、 Mr.FARMERがそれとは異なる論理での空間とサービスを提供できるのは、イートウォークがブランドを多数展開していて企業全体としての経営バランスを確立していることも大きいかもしれない。しかし何よりも、地域や社会にとって自分たちが創り出す「場の価値」への理念追求と、いくつものハードルを越えながら行政とともに粘り強く取り組むことが不可欠であったようだ。
本件は公園内に民設民営施設を作るという、都では初の試みであるが、この実績が今後行政と民間が共同でエリアブランディングを行なっていく際の規制緩和やさらなる加速につながる一歩になるかもしれない。

編集後記

モノが売れない時代、人はコトに豊かさを求めるようになった。
飲食店に限らず本屋やアパレル店でも“リビング感”がトレンドになっているが、ボリュームや品数よりも素材の質を重視し、店内の居心地の良さを充実させる戦いになっている。本来提供する価値以外に、どんな付加価値があるかが選ばれるポイントのようだ。
場をきっかけとして人の流れが生まれ、その活力が場にも影響を与える。
世界には公園内に建築物を造ることで人が集まり公園の価値を上げている例が多数あるが、Mr.FARMERをきっかけに西口通りには確かな人の流れが生まれ、店舗前には少しずつだが花壇が作られ始めていた。場所と人が互いに密接に影響し合いながら、世の中に新しい価値が作られていく兆しを感じた。

和田 香

クリエイティブ局 第2CRルーム

読売広告社入社後、営業局での経験を経て2009年クリエイティブへ転局。 アルコール飲料や健康美容アイテムの新商品開発からCM、プロモーション企画に携わる。 広告による「商品との忘れられない出会い」を目指して次世代サードプレイスを研究中。