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公共性とキュレーションの同居が叶える、地域に根ざした居心地。【次世代サードプレイス・ラボ vol.5】

2024.03.22

レポートの概要

2023年の次世代サードプレイス・ラボでは、Vol.1で提示した以下の2つの仮説をもとに、次の時代の生活者や社会の理解につながるヒントとなる次世代サードプレイスへ取材。
Vol.5となる今回は、地方都市型のサードプレイスとして「しののめ信用金庫 前橋営業部」を訪ねた。地域性を踏まえた場づくりや、リノベーションによって生まれ変わったという特性から、地域に根付くサードプレイスのあり方や、カルチャーについて紐解く。 信用金庫ならではの“公共と民間のあいだ”のフィロソフィーから生まれる居心地についてもレポートします。


■次世代サードプレイスの仮説

  1. 次世代サードプレイスはただの居心地のいい場所ではなく、 人間的な居場所であり、生活者のインサイトと社会の兆しが 表出している場所ではないか。

  2. 生活者が主観的に、自分が人間らしくいられるサードプレイスを見つけはじめているのではないか。


■お話を伺った方

株式会社HAGISO 代表取締役 宮崎晃吉さん(写真左)

建築家/一級建築士
群馬県前橋市生まれ。 2008年東京藝術大学大学院修士課程修了後、磯崎新アトリエ勤務。
2011年より独立し建築設計やプロデュースを行うかたわら、2013年より、自社事業として東京・谷中を中心エリアとした築古のアパートや住宅をリノベーションした飲食、宿泊事業を設計および運営している。

しののめ信用金庫 総合企画部 丸茂康次さん(写真右)

群馬県高崎市出身。部長代理(統括)
しののめ信用金庫 前橋営業部ビルの運用面を担当。 エフエム群馬や地域の事業者との連携によるつどにわでのイベントの企画、貸出しスペースの運営全般を担当し、前橋営業部のリニューアルコンセプト実現に取り組む。

1.生まれ変わった“地域の場”

しののめ信用金庫 前橋営業部(以下、しののめ信用金庫)は、旧前橋信用金庫の本店だった建物をリノベーションし、地域の新たな憩いの場として開かれた。

photo/©️千葉正人

大きな道路沿いに堂々と佇む4階建ての白い外観。
たくさんの木々が配置された、レンガ敷の心地よい空間が出迎えてくれる。
「つどにわ」と称されたこの庭は、隣接するFMぐんまへと繋がり、敷地の四方の道路へと開かれた集うための庭である。

建物の1階に入ると、広々とした吹き抜けのエントランス。つどにわから地続きにレンガが敷かれ、大きな階段横には街灯が立ち、屋内まで庭の一部となっている。
エントランス正面にしののめ信用金庫のカウンターがあり、ここが建物の元来の機能である前橋営業部のオフィスエリアとなっている。

奥手には「SHIKISHIMA COFFEE STAND」。コーヒースタンドは建物の中/外の双方に向けてカウンターが設けられており、人々は自由な場所から利用できる。

photo/©️千葉正人

吹き抜けの大階段を登り2階へ。
地域の方が自由に利用できる図書室『つどにわライブラリー』が設けられている。しののめ信用金庫が休みの土日祝日も開放され、地域の中高校生や仕事をする人なども訪れると聞く。

他にもガラスで仕切られたコワーキングススペース・セミナールームがあり、予約制で利用が可能。

3階は2層吹き抜けの大ホール。リノベーション前の旧構造の梁が活かされたあらわしの天井は圧巻で、大きな窓ガラスから見える街路樹も心地よい。ここではコンサートや発表会などの催しが行われる。

4階はテナントスペースとして貸し出されている。


・施設名|しののめ信用金庫 前橋営業部ビル
・所在地|〒371-0022 群馬県前橋市千代田町2丁目3−12
・2022年9月オープン。


この建物が竣工したのは、東京オリンピックが開催された1964年。旧前橋信用金庫の本店として建てられて以来、60年もの間、前橋地区の中核店舗として、地域から愛され、誇るべき場所として存在感を放ってきた。

老朽化や耐震性の課題から建て替えが検討されていたが、しののめ信用金庫が持つ背景を受け宮崎さんがリノベーションでのプロジェクトを提案。


当時の設計図を見て、1964年にこの場所で、この規模の柱のない鉄筋鉄骨コンクリート造の建物を立てるのは、すごく挑戦的な試みだったのだろうと思いました。さらに、ここで60年の月日を過ごしてきた事は、歴史的・地域的に価値がある。本店だったここには地域の誇りもあった。純粋に、建て替えてしまうにはもったいないなと思ったんです。(宮崎晃吉さん)

調査の末、建て替えではなく耐震補強とリノベーションで課題がクリアできると判明。
綺麗にするためのリノベーションではなく、新しい場の価値を生むべく、しののめ信用金庫の若手社員も中心となり新たな場づくりが始まった。

2.この土地にある責任と可能性

しののめ信用金庫 前橋営業部ビルは、前橋駅から新旧の面持ちが入り混じるアーケード商店街を抜けた先、国道17号沿いに位置する。

地域分布として、北西に国指定の重要文化財「臨江閣」や市の遊園地「るなぱあく」のある行楽エリア、南西に県庁・市役所などがある官公庁エリア、南東にはアートの取組みで今注目が集まるエリアがある。

それぞれの地域が独立したエリアであったことや、それらの中継地点にしののめ信用金庫の敷地があることから、この場が今後の地域再生のために重要な場所であり、この地に建つ責任もあるのだと考えられた。

地域の結節点となることが、このリニューアルプロジェクトの重要なテーマとなった。

引用:HAGISO Inc. ホームページより

それを叶えるべく生まれたのがこの「つどにわ」。庭であるとともに、四方の道路へとつながる歩道空間として計画され、しののめ信用金庫の顧客以外の往来も叶えた。

特別ではなく日常の延長としての庭でありたいとの思いで、芝生公園のような形ではないいまのつどにわになっている。腰掛けやすい階段状のウッドデッキに、前橋で多く見られる在来種が植えられている。

オープン初日から、地域のおばあちゃんが自然とここに座り、談笑している様子も見られたという。

つどにわの足元、レンガの組んである向きが場所によって異なり、それらは四方から中央に向けて目が組まれている。この様な細かいディティールにも、人を引き込み、集える場所でありたいという想いが込められている。

ここで特筆したいのが、今回のリニューアルで特徴的に取り入れられている「レンガ」。
建物外観だけでなく、庭からエントランス、四方の道路へ地続き、各所に盛り込まれているのには理由があった。

前橋市は製糸業・織物業で栄えた歴史を持ち、その保管庫としてレンガづくりの倉庫が立ち並ぶ街だった。
現在でも、「前橋市アーバンデザイン計画」として、レンガづくりの遊歩道整備の公共事業が行われていたり、個々が手がける新しい建造物にもレンガ取り入れられるなど、公民共に地域の歴史文化や景観を守る意識がこの街にはあった。

地域の人にとっては日常の風景で、言われなければ気づかないこだわりも含まれているかもしれない。
ただ、違和感なく街の景色として“馴染んでいる”≒地域に受け入れられていることは、表層的なおしゃれや画一展開されたお店では叶えられない、“地域の居心地”となっているのだろう。

3. 公共性とキュレーションを併せ持つ

ここで一度、信用金庫のもつ半公共性とも言える性質について触れておきたい。

信用金庫とは、いわゆる銀行とは異なる役割/特徴を持っている。銀行は、銀行の株主の利益を目的とする一方、信用金庫は、営業活動が一定地域に制限され、地域企業との交互発展/相互扶助が目的の機関である。
そのため信用金庫は、公共的な機能を保ちつつも、地域に根ざしたものになっており、今回取材した場にはそれがフィロソフィーとして色濃く表れていた。

ライブラリースペースやつどにわ等、営利目的ではないスペースを新たに設け、信用金庫が営業していない日時も解放していることが顕著な例である。

元来地域に根ざした“信用金庫”としての地盤を生かし、このしののめ信用金庫は地域のサードプレイスとして機能を伸長させていた。

丸茂さんは次の様に語る。

私たちは地域に向けての自然な思いからこの場を作っています。
他がやってるからやらなきゃとか、直接的な利益が目的では決してなく、地域のお金の循環を支えることも含め、名実ともに地域のことを想った関わり方を志しています。
それは延いては“地域にとって安心感のある存在になる”ということかもしれません。(丸茂康次さん)

リニューアルプロジェクトが行われる中でも、その特性が出ていた。
ただし、完全な公共にならないのもポイントだと、宮崎さん丸茂さんお二方とも口にされた。

1階に入ってもらうショップを検討する際に、市民アンケートで進めるという選択肢もあるが、そうしてしまうといわゆる大手チェーンが採用される可能性が高まる。それにはいい側面もあれば、地域性やその場への愛着を薄める等のデメリットがあったりもする。
完全に公共大多数の意見を元に主導するのではなく、“キュレーションする”というのも、場を作る上で必要だという。

現在出店しているSHIKISHIMA COFFEE STANDも、プロジェクトメンバーが別の店舗を何度か利用した際に、お店の人が覚えてくれていて…。そんな、ひとの繋がりに縁あって、そこからさらに繋がりが生まれてほしいとの想いで決定された。

この“キュレーション”は、つどにわライブラリーにも現れており、次章で紐解きたい。

信用金庫という属性から、公共性とキュレーションが色濃く表れていたが、これは一般的な場づくりでも取り入れられるポイントだと言える。
公共/公平であることが心理的安全性を生み、運営側のキュレーションを入れることで共感や愛着が育まれ、誰かの/地域の居心地の良い場となるのである。

4.未来に対してゆるやかに影響する

リニューアルに際しライブラリーが作られたのは、しののめ信用金庫の理事長たっての希望。10代の居場所や、地域の人が学び続けられる場が必要であるとの考えから生まれた。

実際、取材で訪れていた平日夕方頃から、学生が続々とライブラリーへと訪れ、勉強する学生とスーツを着た大人が横並びに過ごす様子も見られた。

直接会話することはなくとも、場を共有する中で、なんとなく「あの人いつもいるな。」とか、「すごい集中してるな。」など、なんとなく互いの存在を意識することがあるだろう。

若い世代が日常的に、大人が学び続けている様子/働いている様子を目にする機会ができ、良い将来像のヒントを得られることも意図されている。

photo/©️千葉正人

ライブラリーには、海外の写真集、雲のカタログ、カウンターカルチャーの系譜など、様々なジャンルの本が並んでいた。選書は、群馬県高崎市にある新刊本やzineを取り扱う「REBEL BOOKS」によるもので、テーマは「世界を広げる本」。

この場この地域で、世界を広げられる本に出会ってもらうことは、「学生たちにいろんな世界を知ってほしい、その上でいつかこの地を選んで帰ってきてほしい」という思いや、帰ってきてもらえる場であるという自負も込められているという。

ここちよく過ごせるだけでなく、中長期的にゆるやかに影響を与える場なのである。
ライブラリーで勉強していた人が大人になってもこの場で本を読み、またその時間を次の世代と共有していくような連鎖も、今後きっと生まれていくのだろうと感じた。

場が機能していくための、運用についても伺った。

場所のルールを決めるときに、しののめ信用金庫の理事長の横山さんが「いいBARには自然に秩序が生まれる」とおっしゃっていて。たしかに、そういうお店のお客さんはもてなされるだけというよりはお店の一員としてそこにいるような空気があったりしますよね。
ルールで縛るのではなく、一定の緊張感を持ちつつも落ち着く雰囲気を、場側でちゃんと作っていくことにしたんです。(宮崎晃吉さん)

細かいルールによる制限や一方的な交流の押し付けではなく、こういう思いで作られた場なんですということは伝える。縛られないゆるやかさのある場が故に、自発的に自分たちの大切な場所だと自然と思えるのだ。

短期的に使えるルール化された場ではなく、愛着の持てる場としてそこにある。
しののめ信用金庫が自身への愛着を集めるのではなく、場と人や人と人がゆるやか且つ長期的に繋がっていくことで、地域への愛着を育てていくための場だと言える。

愛着のタネをまき、地域の未来にささやかに貢献していく。
地域の人はそのフィロソフィーを受け取りながら、ゆるやかに繋がり心地よく過ごす。
地域に根ざしたサードプレイスのあり方を見させていただいた。

まとめ.しののめ信用金庫に学ぶ、地域の“次世代サードプレイス”

しののめ信用金庫 前橋営業部を取材させていただき学んだ、居心地にまつわるポイントが以下の3点である。

  • 受け継ぎ、進化させる。
    歴史的価値や地域の誇り、愛着を守りながら発展させる。
    そこには、街に馴染む場として、新たな“地域の居心地”が育まれていく。

  • 公共性と“キュレーション”の同居
    公共/公平が心理的安全性を生み、キュレーションによって共感や愛着を生む。

  • 長期/広域的に影響する
    「敷地内だけ、利用時だけ」ではない、広い視点での居心地を作り、愛着のタネをまく。

■編集後記

廃校や廃屋が増え、若い世代が都会に出て戻らない、私の出身地では日常的な光景です。
田舎の密なコミュニケーションに疲弊する人もいて、私もその一人でした。

地域の規模やバックボーンは違えど、地域に愛され/リノベーションで生まれ変わった次世代のサードプレイスには、きっとヒントがあると、個人的な想いも含め今回の取材をさせていただきました。

ゆるやかに守られる居心地や、育まれる地域への愛着。
様々な場づくりのヒントだけでなく、そこには確かな信念がありました。

自分が自由に住む場所を選べる年齢になって、改めて、地域と関わる責任について、地域から受けてきた恩恵について考えられるようになりました。
これからも自分のサードプレイスを探して暮らしていくとともに、直接的な場づくりでなくとも、横並びで過ごしたり頑張って働いたり。誰かにとっての将来や、心地よい日常の一助でいられるように、信念を持った素敵な大人でありたいなと思いました。

住吉 美玲

統合クリエイティブセンター

ブランドデザインルーム