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様々な人と立場が溶け合うことで、その人らしく居られる縁側 【次世代サードプレイス・ラボ vol.6】

2024.09.06

レポートの概要

2023年の次世代サードプレイス・ラボでは、Vol.1で提示した以下の2つの仮説をもとに、次の時代の生活者や社会の理解につながるヒントとなる次世代サードプレイスへ取材。
Vol.6となる今回は、2022年12月にオープンしたデイケアサービスを中心とした介護施設「52間の縁側のいしいさん家」を訪ねた。

 鬱蒼とした竹林のトンネルを抜けると、そこには小さな水の流れと緑に包まれた箱庭、そしてとても静かに感じられる昼食どきの人々の営みが現れた。介護施設で働くスタッフの方々は実際には忙しく動き回っているのだろうが、わたしにはここにいる全ての人たちがゆったりとした時を過ごしているようにも見え、話し声も都心の人たちの1/3くらいの音量に感じられる。はじめて訪れた場所なのに、なにかとても懐かしいような気持ちにさせられる、不思議な空気感を漂わせる空間であった。


■次世代サードプレイスの仮説

  1. 次世代サードプレイスはただの居心地のいい場所ではなく、 人間的な居場所であり、生活者のインサイトと社会の兆しが 表出している場所ではないか。

  2. 生活者が主観的に、自分が人間らしくいられるサードプレイスを見つけはじめているのではないか。


■場の概要

◇施設名|52間の縁側のいしいさん家
◇所在地|千葉県八千代市
◇2022年12月にオープンしたデイケアサービスを中心とした介護施設

■お話を伺った方

石井 英寿さん

有限会社オールフォアワン代表・介護福祉士/ケアマネージャー・美作短期大学非常勤講師・早稲田大学招聘研究員
1975年生まれ。大学卒業後、介護老人保健施設に8年間勤務。認知症専門棟で認知症の方達と多くの関わりを持つ。平成17年に有限会社オールフォアワンを設立し、指定通所介護保険事業者として許可を取得。平成18年1月に千葉市花見川区柏井町の民家で宅老所・デイサービス/いしいさん家を開所。同年5月よりいしいさん家居宅介護支援事業所も併設。その他にも複数の施設の開設・運営を経て、令和4年12月に52間の縁側のいしいさん家を開所。

山﨑 健太郎さん

山﨑健太郎デザインワークショップ代表取締役・工学院大学教授
1976年生まれ。2002年工学院大学大学院修了。2008年山﨑健太郎デザインワークショップ設立。主な作品に「糸満漁民食堂」(2013年)「はくすい保育園」(2014年)「新富士のホスピス」(2020年)ほか。主な受賞に日本建築学会賞(作品) (2024年)JIA日本建築大賞、グッドデザイン大賞 内閣総理大臣賞(2023年)、JIA優秀建築賞(2021年)、iF DESIGN AWARD金賞(2017年)、日本建築学会作品選集新人賞(2015年)ほか

~個の立場を固定せず、いろんな役割を担うことができる場所~

 印象的なのは、ここでは誰が介護施設の利用者で誰がスタッフなのか?一見しただけではわかりづらいことだった。

利用者は高齢の方が多いのは確かだが、若年性認知症などの様々な年齢層の利用者も入り混じっている。到着したばかりの私たちにお茶を勧めてくれた作業服のおじさんは極度な恥ずかしがり屋らしく、多くを語ってくれない。

しかし、この施設をつくるときには生垣をつくったり、庭の水の流れをつくるための石を配置したりと大活躍された方なのだそうだ。スタッフのようであり、フラリと立ち寄った近所の方のようでもあり、施設のオーナーさんのようでもあり…。

「介護する/されるの役割を固定するとどんどん〝サービス業〟になってゆく。
そうするとお客さん側は『もっとこうしろ、もっとああしろ』と一方的な要求が増えてゆく。そうなると、働く側もすべてのサービスを型にはめ、思考停止になる。利用者さんの行動を“問題行動”とレッテルを張って、施設にも鍵をかけて外には出さない。あるいは薬を使って行動を止める。それでもダメなら身体を拘束する…。
施設の利用者さんたちは80年とか生きてきて残りの時間も少ないのに、なぜ最後にそんな目に合わなければいけないのか?」

この52間の縁側の代表である石井さんも、ジレンマを抱えながら以前の施設で働いていたらしい。

 石井さんが独立して自ら介護施設を開設したときの運営方針のひとつとして、利用者さんは単なる“介護されるお客様”ではなく、人から感謝されるような役割をなるべくたくさん担ってもらおう!というものだったそうだ。

「だって、だれでも人から『ありがとうね』と言われたら、うれしいでしょ。子ども達が成長してゆくプロセスと一緒。ミスして怒られるよりも感謝されることで、自ら役割をたくさん担っていって、いきいきと成長してゆく。ここの利用者さんも同じなんだよ。」

ここでは、いろんな人が長い縁側を行き来しながら、飲み物やおやつを進めてくれたり、挨拶してくれたり、時には愚痴を言ってきたり…。

誰がどんな立場の方なのか?は、よくわからないが、それよりも一人一人のキャラクターの方が立っている…という印象。話すのは苦手だけど、すごく気を遣ってくれる方。下ネタが大好きな方。世話好きだけど、合間合間にちょっとした愚痴をちょくちょく挟んでくる方…。

私たちが施設に滞在していたほんの2時間半ほどで、ここにいる多くの人たちのキャラクターが伝わってきた。そのような施設は、私の記憶の中にはあまりない。

~過去と未来に縛られず、いまを生きる人々~

「認知症というのは、人間が時間とともに身に着けてしまう色々なものが削ぎ落された〝素〟の状態。過去を忘れてしまい、未来を考えることができないかもしれないけど、その分いまを生きている人たち。もしかすると、ある意味では一番人間的に日々を生きている人たちなのかもしれない。」

石井さんの言葉が、深く胸に刺さった。

追われるような毎日を送っている私たちは、過去や未来に縛られ過ぎて大切な日常の何かを見過ごし続けているかもしれない。「だから近所の子供たちや利用者さんの家族にも、そんな認知症の人たちのことをもっと知ってもらいたい。普通じゃん、怖くないじゃん…と。」

ここ52間の縁側では、介護施設とつながっている隣のスペースを小学生などの勉強スペースやワークショップ・スペース、駄菓子屋として地域に開いている。子供たちにとって、高齢者や認知症の利用者さんのいる風景が日常となり、利用者さんにとっても、元気な子供たちの声と姿が日常の一部となっている。

それが、子供たちには自分の家族や自分自身の将来の姿など多くを学ぶ機会となり、利用者さんにとっては、子供たちから元気をもらえる機会となっている。

~日本が無くした日常の風景を再生するための縁側~

 それはいまの日本ではほとんど失ってしまったが、近代化の前までは普通で、自然だった日常の風景のはず。

石井さんがスタッフの方々と一緒に悩み、試行錯誤しながら再生してきた風景なのだが、ここには山﨑健太郎デザインワークショップによる建築のチカラが大きく作用していると感じた。

石井さんと山﨑さんは何年にもわたって、対話や議論を繰り返しながらこの施設のありたい姿を追究し続けてきた。

2023年度グッドデザイン大賞を受賞したこの建築や空間デザインの詳細については、既に多くの記事が世に出ているのでここでは触れないが、建物全体にわたる長大な縁側やここにいる人々の気配を常に感じることができる各部屋とテラスを介した動線の配置、木材の梁と軒の存在感などが、訪問のはじめに私が感じたゆったりとして静かな人々の営みを引き出す環境として、欠かせないものになっているのだろう。

 私たちが訪問した当日、現地で山﨑さんには地元ケーブルTVの取材が入っていたのだが、取材対応をしながらも常に利用者さんやスタッフの方々と食事をしたり話をしたりしながら場に溶け込んでいた姿が印象的であった。きっと建築設計者としての役割だけでなく、竣工した後もこの施設でまた異なる役割を果たし続けているのだろう。

 現代、そしてこれからの社会におけるデザインのチカラと役割とは何なのか?そのひとつのあり様を肌身に感じながら考える、濃密で心地よい時間となった今回の訪問であった。

■編集後記

 建築家の山﨑さんと事前に、私たちの取材に関してのミーティングを行った。

どのようなテーマや視点で、どんなことを石井さんや山﨑さんにお聞きしたいのか?
当日の段取りやスケジュールは??

そこで山﨑さんから、こう言われた。

「城さん、そういう視点や段取りも大事だけど、あそこではそういうのから一旦離れて、ぜひそこにいる人たちと空間と時間に思いっきり浸ってみて欲しいんだよ。そこで城さんが、何を、どんな風に感じるのか?それを大事にしてほしいな。」

目から鱗が落ちる思いだった。

いかに自分の仕事目線で取材先のお相手に対して欲しいコメントを引き出せるか…だけを考えて、近視眼的になっていたか?!きっとこの取材に限ったことではなく、日常生活の中でも大切なことをたくさん見落としているのではないか。

ということで、今回は「取材」ではなく「ちょっとお邪魔する会」のスタンスで52間の縁側を訪問させていただいた。そのおかげで、自分の人生観にも影響するような機会を頂くことになった。今回の記事が少し情緒的すぎるとしたら、そのせいである。

城 雄大

都市生活研究所 

所長

1999年 読売広告社に入社。マーケティング・プランニングの部門にて、航空会社や玩具/ゲームソフトメーカーなどのクライアントに対するマーケティングおよびブランド戦略に関する業務に従事。2011年より都市生活研究所に所属。主に地域の再開発に関するコンセプト開発/商品企画や都市と生活者のインサイトに関する研究などを手掛ける。大学時代に学んだ民族学での「フィールドワーク視点」を大切に研究を続ける。