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生活者からはじまる、あたらしいサードプレイス【次世代サードプレイス・ラボ2023 vol.1】

2023.10.04

次世代サードプレイス・ラボの、あたらしい試み

2022年までの次世代サードプレイス・ラボでは、注目のサードプレイスの現場を取材し、レポートしてきました。
2023年の次世代サードプレイス・ラボは、月刊商店建築の塩田編集長をパートナーに、これからのサードプレイスと生活者をテーマに、この数ヶ月間議論を重ねてきました。その議論をもとに、今後数回にわたって、サードプレイスの最前線についてポートしていきます。
この記事は、これからのレポートのkeynote的な役割として、次世代サードプレイスの議論を塩田編集長との対談からはじめていきたいと思います。

なぜ今、サードプレイスに注目するのか

大屋:次世代サードプレイス・ラボの母体となる都市生活研究所がテーマに掲げている言葉が、「THE FUTURE IS ALREADY THERE IN THE CITY.|未来は既に、都市の中にある。」です。
社会や生活者の未来の兆しが隠れている都市の最小単位、かつ生活者にとっての活動空間の最小単位が「プレイス」なのではないか?と考え、広告会社=生活者とのコミュニケーションをデザインする会社として、都市のプレイス/場に注目し続けています。

塩田:人々が集まる場所には、自ずとコミュニケーションが生まれますよね。そこには、都市で暮らす人のインサイトがたくさん集まっていると思うんです。都市のプレイスには未来が詰まっている。

大屋:今の東京の都市やプレイスは、長年取材をしてきた塩田さんにはどう映っていますか。

塩田:東京のプレイスは、どんどん痩せていっている気がします。
実際どの街の駅前にも、チェーンのスーパー、コンビニ、牛丼屋など同じようなお店が連なり、画一的な風景になっています。システム化した現代の都市に住む私たちは便利さを享受しつつも、実は違和感を感じているのではないかと思います。便利さの代わりに失ってしまった“人間的”なものを求めている、そのように感じます。

大屋:“人間的”はキーワードですね。
便利だけど何かドライというか…、一人の都市生活者として、とても共感できます。そんな中で、人々が集まってくるサードプレイスは“人間的”な居場所になっているような気がします。

塩田:リアルなつながりが薄くなり、個人がSNSで誹謗中傷されたり、世の中にローンオフェンダー※1が生まれる時代に、そういう居場所は必要だと思います。“人間的”になれる場所があれば、個人が孤立することも防げるかもしれないし、場を起点とした共同体の一部としての感覚を持ち得ていたら、他者に対しても過剰に反応しないかもしれない。

大屋:やわらかな共同体が、時代的にも求められていますよね。ポジティブな理由だけではなく、社会にとって必要な場所として、サードプレイスの重要性が高まっているのかもしれません。そういう意味でも、人々が集まり“人間的”なコミュニケーションが自然とはじまる場所=サードプレイスには“今”が集まっていると言えるのかもしれません。

※1 ローンオフェンダー:特定の組織に属さず、テロを計画し実行する個人

サードプレイスのはじまりと、次世代サードプレイス

大屋:対談にあたって、改めてサードプレイスについて勉強しなおしたのですが、サードプレイスの概念は30年も前にアメリカ人のレイ・オルデンバーグが執筆した1989「the great good place」の中で生まれたんですね。その中では、「家庭や職場での役割から解放され、一個人として寛げる場」としてサードプレイスが規定されています。ちょっと現代の日本の状況とはズレているようにも感じました。

塩田:僕もそう思います。例えば、サードプレイスで有名なスターバックス。日本のスターバックスの現状を見ると、オルデンバーグが定義していた「インフォーマルな公共生活の場」ともちょっと違う。日本の今のサードプレイスは、人とコミュニケーションをとったり、緩やかに他人を感じながら一人の時間を過ごす場ぐらいに、シンプルに居心地のいい場所になっていると思います。

大屋:オルデンバーグの定義したサードプレイスは、ロンドンのパブのように一人ひとりが自由闊達に意見を交わす、市民の議論の場のイメージがあります。やや男性的で、欧米的で、民主主義的なニュアンスが強いというか…

塩田:そうですよね、現代のサードプレイスは曖昧。「第3の」では無くなってきているし、第1・第2のプレイスの境目が曖昧になっていると感じます。ただ、“人間的”になる場所という存在意義は失わず、現代にフィットするように進化している気がします。

大屋:今、サードプレイスになり得ている場所として、具体的にイメージはありますか。

塩田:有名なカフェですが、幡ヶ谷の「パドラーズコーヒー」※2はサードプレイスだと思います。平日の午前中は幡ヶ谷の住民が寛いでいて、土日は観光客などガラッと客層が変わるけれど、居心地の良さを保っている。その理由は、平等で旅行者にも常連にも同じスタンスで接するスタッフや、おしゃれというよりセンスが良く、地域のおじいちゃんやおばあちゃんも立ち寄れる雰囲気、元々あった建物を活かし愛着が湧く空間設計、さまざまな仕掛けがある。人懐っこいけど都会的なサードプレイスだと思います。“人間的”な居場所として重要なのは、土地や人に根ざすことなのでは…と考えさせられる場所です。

■「パドラーズコーヒー」商店建築2015年11月号

大屋:昔からあった地域のたばこ屋や駄菓子屋のように、特定の地域の人だけの場所ではないですよね。知らない人が来てもいい。会話をする場所でもあるけど、一人で来てもいい。密集して暮らしてはいるけど、ご近所の人と人が一定の距離感を持ってつながっている、東京の都市生活者に合っている感じがします。

塩田:そうなんですよ、チェーン店だと毎日行っても店員さんが変わるし、マニュアル接客でコミュニティもなかなかできない。でもこのカフェは、誰にでも公平で、適度な距離感でほっといてくれる、いつもの店員さんがいる。

大屋:話を聞いていると、現代人の距離感とともに、ダイバーシティ的な価値観も反映された場所のように思いました。

塩田:システム化した都市の中で、特異点になっていると言えるのかもしれません。人間中心主義のエンジンとして機能しているのが現代のサードプレイスで、それは“次世代サードプレイス”と言えるものなのかもしれないですね。

大屋:話を聞いて、とてもしっくりきました。行き過ぎた資本主義のカウンターとして、人間らしく生きることに注目が集まる中で、“次世代サードプレイス”はそれを体現している場所という感じがします。

塩田:その場所を運営している人たちも、「さまざまな人の憩いの場になりたい」「自然に優しい素材やパッケージを利用する」など社会に視点を置いて、意思を持っている人が多いと思います。経営と社会を融合して考えている、パーパスを持っているとも言えると思います。

大屋:ただ個人にとって居心地がいい場所ではなく、社会のインサイトも表出しているのが、“次世代サードプレイス”なのかもしれません。

塩田:そうですね。生活者の個人から見ると、短期的な自分だけの心地いい場所だけでは人生においての心地いい場所にはならない、だから地域や社会とつながる場所を選ぼうとしているようにも感じます。

※2 パドラーズコーヒー:アメリカ西海岸の街、ポートランドを代表するコーヒーロースター『STUMPTOWN COFFEE ROASTERS』の豆を取り扱う日本唯一の正規取扱店。2015年4月、旗艦店を渋谷区西原に出店。

生活者が見つける、次世代サードプレイス

大屋:この数ヶ月間の議論の出発点として、塩田さんと研究メンバーで自分が考える、自分のサードプレイスを持ち寄るワークショップをしました。その中で、現在のサードプレイスについて、たくさんの発見をすることができました。ちょっとその一部を振り返ってみたいと思います。

塩田:あらためて、カフェやベンチなど一人になれる場所も皆さんがサードプレイスとして捉えていることは発見でした。オルデンバーグのサードプレイスとはかけ離れているのですが、あらゆる仕事がサービス業化して、感情労働になって心に負担が大きい現代の人々にとって、逃げ出せる場所や一人になれる場所が必要になってきているということだと思います。

大屋:アッパーな気分だけでなくて、ダウナーな気分を受け入れてくれる場所って、自分にとっても大切だと思います。

大屋:気分という視点では、サウナや神社など「無」になれるサードプレイスも面白い発見でした。

塩田:気分をリセットするために無になる…サウナが流行しているのも、サードプレイス観点で見ると納得できますよね。

大屋:ラジオ&PodcastやYoutubeのコメント欄もサードプレイスという意見もあって、リアルの場所だけでなくて、デジタル領域にまでサードプレイスが広がっているという議論もありました。

塩田:これは面白かったですね。僕はどちらかというと建築というリアル空間を編集で扱っていますが、デジタルもプレイスとして機能しているというのは現代的だなと。30年前のオルデンバーグには想像もつかなかったことですよね。

大屋:習い事やデイサービスのように、先生と生徒のような役割や目的を持った集まりも、サードプレイスになっていましたね。

塩田:これはとても日本的だなと感じました。自分の演じる役割がはっきり設定されていることに安心して、そこが居心地の良い場所になっているのだと思います。

大屋:理髪店で髪を切る、銭湯でお風呂に入るといった、直接的なコミュニケーションというより別の目的があると、リラックスして他人と関係を結べるといった議論もありましたね。

塩田:そうですね。そう考えると、一言で「コミュニティ」と呼んでいるものを、コミュニティとアソシエーション※3に分けて考えると良い。地縁や血縁に代表されるコミュニティよりも、同じ目的の元に自発的に人々が集まるアソシエーションのほうが、各自が役割を持てたりメンバーと会話するきっかけを持てたりするので、日本人の国民性に合っているのかもしれませんね。最近取材した「春日台センターセンター」※4はアソシエーションの要素を持ったサードプレイスの最新事例だと思います。

◾️「春日台センターセンター」商店建築2023年1月号

大屋:高齢者介護や就労支援、放課後等デイサービスなどを展開している施設ですよね。どういう点がアソシエーション型のサードプレイスなのですか。

塩田:福祉という、この地域になくてはならない機能を備えていることで、地域の方々が目的を持って訪れている点ですね。面白いのは、高齢者だけでなく障がい者や子供といった、さまざまな機能を盛り込み、訪れる目的も多様化していることです。さらに、ここでは高齢者が子供の世話をするなど、与える側と与えられる側が入れ替わったりする流動性があるんです。

大屋:与えられるだけだとお客さんになるところを、役割が変わっていくことで相互で支え合う関係に変換しているんですね。

塩田:地域を大きな家族にしていく、本当の意味であらゆる人たちの暮らしを支える地域共創拠点として機能させようとしているのだと思います。

大屋:ここまで持ち寄った事例を紐解いていく中で感じたのは、現在のサードプレイスは本当に多種多様になってきているということでした。

塩田:本当にそうですね。生活者がサードプレイスを選べるようになってきているのだと思います。裏返すと、生活者のニーズが多様化したことで、サードプレイスも多様化したとも言えますね。

大屋:都市生活者の価値観が多様化し、それに合わせて個々人が自分のサードプレイスを見つけはじめている…ということなのでしょうか。

塩田:そう考えた時に、現代人に必要なのは “サードプレイス感覚”なのかもしれません。それは、自分にとっていい場所を発見し選ぶセンスや能力です。自分の好きや心地良いことを見つけて選択する、それは主体性を持って幸福を選び取ることとも言えると思います。

大屋:生活者が、主観的にサードプレイスを見つけはじめているということですね。

塩田:人間らしさの定義が時代とともに変わり多様化し、“人間的”な暮らしを各々が自分なりに獲得しようとしているということなのかもしれません。

※3 アソシエーション:共通の目的や関心をもつ人々が、自発的に作る集団や組織。
※4 春日台センターセンター:神奈川県愛川町の高齢者や障がい者向け福祉サービス、寺子屋、コインランドリー等を擁する地域共生文化拠点。かつて賑わったスーパー「春日台センター」の跡地を集いの場として再構成した計画。

生活者からはじまる、あたらしいサードプレイス

 ここまでの議論と今回の対談を通じて、次世代サードプレイス・ラボのあたらしい試みでは2つの仮説を持って、研究を進めていきたいと思います。1つ目は、次世代サードプレイスはただの居心地のいい場所ではなく、人間的な居場所であり、生活者のインサイトと社会の兆しが表出している場所ではないかということ。2つ目は、生活者が主観的に、自分が人間らしくいられるサードプレイスを見つけはじめているのではないかということです。次回以降はこの2つの仮説をもとにして、次の時代の生活者や社会の理解につながるヒントとなる次世代サードプレイスの取材を踏まえながら、レポートをしていきたいと思います。

塩田 健一

月刊商店建築

編集長

東京生まれ 2006年より「月刊商店建築」編集部に所属 カフェ特集など毎月の店舗取材を担当する他、「コンパクト&コンフォートホテル設計論」 「CREATIVE HOTEL & COMMUNICATION SPACE」など ホテルに関する増刊号も制作。2017年2月より現職「商店建築」は、レストラン、ホテル、ファッションストアなど 最新の空間デザインを豊富な写真で国内外に向けて発信する、 1956年創刊のストアデザインの専門誌

大屋 翔平

読売広告社 統合クリエイティブセンター ブランドデザインルーム

クリエイティブディレクター/ストラテジックプランナー

1984年生まれ。ブランドの課題から、戦略からアウトプットまでの一貫したデザインを手掛ける。飲料、車、インフラ、エンターテイメントなど幅広い業種を担当。プロモーションやCMクリエイティブ、PR、商品開発、空間開発など自由な手口で、幅広くアウトプット。都市生活者や、スペースを起点にした研究開発も行っている。