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N=1視点で勝手に「場」を語る社員コラム【東京場論 vol.1】“奥”にまつわるエトセトラ ~「令和の奥渋谷」を舞台に、”奥“の魅力を探ってみた ~

2023.12.21

さまざまな文化・情報・トレンドが生まれては消えていく街・東京。 そんな東京で働く広告会社の社員が、興味を惹かれたいろんな「場」をテーマに、自分で見て感じたことを気ままに発信していく連載コラム。

ここが令和の奥渋谷!?

「ええと、奥渋谷って、渋谷駅から程よく離れた、代々木公園に向かうあたり…NHKの裏の方だよね?」

先日、“奥渋谷”について、令和入社の後輩と話す機会があった。
通好みなオトナを虜にしてきた場、なんだか気になる場…そんな共通認識がとれていながら、どこか話が噛み合わない。

「え、そうなんですか?私の周りや同年代の友人は皆、このあたりを“奥渋谷”と呼んでいますよ。」

年若い彼女は、怪訝そうにスマホを差し出した。

「ええと、SNSで見てみても、#奥渋谷 はやっぱり、神泉あたりの住所が多いように思います。」

たしかにSNSの画面では、#奥渋谷 と合わせて、神泉絡みの投稿の多さが、圧倒的に目立っていた。

最近、増殖中の奥〇〇な地名たちがどうにも気になっていた。中でも一番有名な奥渋谷を舞台に、“奥”の本質を探ってやろう、と意気込んでいたのだが…。
まさか、「“奥渋谷”が移動していた」とは、想像もしていなかったのである。 

来たぞ!“わざわざ”、奥渋谷!

ところで、なぜ“神泉”は令和の“奥渋谷”になったのだろう。
後日、件の後輩と、もう一人先輩を巻き込み、“奥渋谷”に乗り込んできた。過去、“神泉”には何度も足を運んだが、この地を“奥渋谷”と認識しながら踏み込むのは、初めてである。
駅前の雑踏をかいくぐり、長く続く坂を上り、気を抜くと出没するざらついた急な階段を、上り下りする。
正直に申し上げて、歩き心地はよろしくない。車では入れない、裏路地・小道も多そうだ。
雑踏・坂・階段・時に行き止まり…。障害物を数多乗り越え、10分程度歩いただけで、我らがパーティーには“たどりついた感”が醸成されてしまった。
歩きやすさや回遊性をまるで無視した街並みは、スムーズに磨き抜かれた駅前エリアとは、まるで対極だ。

障害物の多い過程を経ることで、体に刻まれる「わざわざ感」こそが、“奥”に向かうワクワク感を後押しするのだろうか。
かつての“奥渋谷”こと、“NHKの裏”エリアは、原宿方面を入り口とするスムーズな導線が普及した結果、“奥にわざわざ向かう期待感”を喪失し、神泉エリアに“奥渋谷”の名を譲り渡したのかもしれない。

奥渋谷に向かう道は、もちろん“本気で険しい”わけではない。なんていったって、渋谷駅から徒歩圏内のド都心だ。
だが、ちょっとした障害物が次々現れるプチダンジョン的道中は、ド都心にいながらにして“わざわざ訪れた”感覚を演出してくれる。そして、“わざわざ感”を纏ったこの地で得る体験は、いつも以上に胸を躍らせ、誰かに語りたくなる戦利品と化すのだろうか。

モノも情報も、スマホ片手に容易く手に入るこの時代。手軽に「手間」を楽しめるバランス感こそ、“奥”が持つ魅力の本質かもしれない。

“奥”で見つける“ヒトくささ”

プチ障害物を数多乗り越え、我々も“わざわざ”訪れた奥渋谷。街をひと回りするうちに、改めて疑問が浮かんできた。

“奥〇〇”な街の魅力、その本質は何だろう?

奥渋谷をはじめ、「奥〇〇」な街には大抵、決まった枕詞が付くイメージがある。
「こだわりの」「個性的な」「通好み」…以上3つが、独断と偏見で認定した、“奥〇〇”の枕詞だ。

実際に、隅から隅までそぞろ歩くと、個性的な店たちが次々に出現し、“個性的”“こだわり”、あるいは“通好み”という枕詞で、街が喧伝される現状もよくわかる。
だが、“個性的な〇〇”や“”こだわりの×דといったワードは、駅前エリアや便利な最新商業施設を盛り上げる謳い文句としても、散見される印象だ。
“こだわり”や“個性的”に留まらない、もっと本質的な何かを求めて、人は“奥”地に向かうのではないか。

歩いた道を振り返り、街並みを見やると、不思議なことに気が付いた。

店の軒先に置かれた看板やホワイトボード、メニュー表を見渡すと、やたら“手書き”が多いのだ。達筆はもちろん、味のある字、かわいらしいイラスト…いずれも“手書き”が目に留まる。思えば、駅前や商業施設を歩いていても、“手書き風”がちらほら顔を見せる程度で、”手書きが多い”感覚は、奥渋谷で得た独特の体感だ。

そこで我々三人は、奥渋谷の“手書き遭遇率”を独自計測することにした。我々的、目抜き通りを勝手に認定し、端から端まで約40メートル。この勝手な検証エリアにおける「手書き掲示物(看板・メニュー・ホワイトボードなど)」の数をチマチマ数えて回った。
計測したのは夜20時頃。店を開けていた14店舗のうち、実に11店舗の軒先で、我々は“手書きと遭遇”したのだ。遭遇率、約80%。この数値があれば、奥渋谷には“手書きが多い”と堂々と言えるのではないだろうか。

改めて、11種類の作品達を見渡すが、文字通りみんな違って、みんな、いい。野太く達筆な筆文字の前では、目利きな店主を想像し、日本酒欲が沸き起こる。やや右上がりの流麗なメニューからは、産地厳選のこじゃれたツマミと人たらしな店員を想像し、思わず足が向く。

いずれも“手書き”起点の勝手極まりない妄想の産物だが、“ぬくもり”という平坦な言葉ではくくれない、何とも言えないヒトくささが滲みだしているのだ。このヒトくささこそ、個人店だらけの奥渋谷のそこここで立ち上る、本質的な魅力なのだと感じた。

奥とは、手間感を味わいながら、新たな「ヒトくささ」の片鱗を見つけ続ける場なのかもしれない。利便な世の中に反し、簡単に手に入るものには執着しないのが人の性。滲み出る「ヒトくささ」に一手間かけて辿り着く場だからこそ、人は“奥”に取りつかれるのだろうか。

【企画参画・協力】
マーケットデザインセンター   加藤亜玲
関西統合クリエイティブルーム  中村賢昭
都市生活研究所         若林真衣
コーポレート局         大瀧祐哉

深見 恵理

都市生活研究所

都市生活コンサルティングルーム

都市生活研究所にて不動産・住まい領域中心に、コンサル・マーケ・プランニング業務など、幅広く従事。 趣味は飲み歩きとピアノ、若干渋めの邦ROCK。生牡蠣好きで、個人的推しは『仙鳳趾』産の蠣。