YOMIKO STORIES

N=1視点で勝手に「場」を語る社員コラム【東京場論 vol.4 】待ち合わせ場所進化論

さまざまな文化・情報・トレンドが生まれては消えていく街・東京。 そんな東京で働く広告会社の社員が、興味を惹かれたいろんな「場」をテーマに、自分で見て感じたことを気ままに発信していく連載コラム。

ハチ公前の奇妙な体験

渋谷が苦手だ。上京した当初からそう思っていたし、8年経った今でも苦手意識は消えない。いつもJRの渋谷駅を降り立つと、人の波や、ムワッとした熱気や、屋外ビジョンの音に一斉に襲われている感覚になって、途方に暮れる。 私は、そんな被害者意識を持ちながらいつも渋谷駅周辺を歩いている。

だから私が渋谷駅周辺に降り立つことは年に数回あるかないか。でも今日はその年に数回の一回が来てしまった。さすがにこの人混みの中にずっと身は置けない。そう思って私は、待ち合わせ場所の定番、ハチ公像に向かって歩き出した。

その日のハチ公像の周りはやけに空いていて、がらんとした印象だった。よかった、と腰を下ろしたのもつかの間、視線の先には怪訝そうに私をを見つめる外国人の顔。何か納得のいかないことでもあるのかと、彼の姿をよく見ると、その首にはカメラが下げられていた。どうやらその外国人は観光客で、家族と一緒にハチ公像と記念撮影がしたかったらしい。

 ハチ公がこんな状況なら、気になるのは西口の「モヤイ像」。渋谷が苦手と言っていた10分前の自分の気持ちはすぐに忘れて、西口に向けて人混みをかき分けていった。すると、こちらは驚くほど人が少ない。喫煙所の目の前にあって、中の人を待っている数人がモヤイ像を背にして腰掛けているだけだ。もちろんモヤイ像と一緒に写真を撮ろうとする人はいない。同じ待ち合わせ場所でも、この違いは何なのだろう。

観光地化するハチ公像、緩衝地帯化するSL広場

よくよく考えてみると、私たちは待ち合わせをすることが少なくなった。スマホでいつでも連絡が取れるようになったことで、子ども時代と比べて、目的地に現地集合することが増えた気がする。同じ20代の友人や同僚に聞いてみても、たしかに〜!という回答が帰ってきた。

だから、モヤイ像のようにかつては有名だったが、今はあまり使われていない待ち合わせ場所があるのだろう。一方で、ハチ公像のように今でも人気の待ち合わせ場所もある。その違いは、待ち合わせ場所の役割の変化にあると思う。

 例えば、私がハチ公前で体験した「観光地化」している待ち合わせ場所。正直ハチ公広場は観光客でごった返していて、待ち合わせ場所として使うのは向いていないかもしれない。ただ、ハチ公像は渋谷駅前のシンボルとして、新たな写真スポットとして、観光客がその街に訪れる理由のひとつになっている。

 他にも、先ほどの友人たちと話していて興味深かったのが、普段は現地集合していても、初めて会う人とは待ち合わせ場所を利用することがあるということだ。とある友人は、マッチングアプリで知り合った異性と、汐留でデートの約束があった際、普段は使わないJR新橋駅のSL広場を待ち合わせ場所にしたらしい。

友人だと現地集合だが、アプリで知り合った人とは待ち合わせる。この差は何なのだろう。一つは、待ち合わせ場所がもたらす心理的な「安全性」が、よく知らない相手と会う際に必要なのだろう。多くの待ち合わせ場所が駅チカの開けた場所に位置している。もちろん待ち合わせ場所として、見晴らしの良さからそうなっているのだろうが、遅い時間でも明かりがある、人通りがあるといった特徴は、人に安心感を与える。

もう一つは、目的地までの心理的な「緩衝地帯」として、待ち合わせ場所が機能しているからではないだろうか。交際前の関係では、デートでお互いの人となりを知ることが重要だと思う。だから目的地にひとりで直行するのではなく、あいだに待ち合わせ場所を“かませる”ことで、道中でお互いの事を話すきっかけができる。最近は、そんな役割も待ち合わせ場所は持っているように感じる。

変化し続ける人と待ち合わせ場所

ただ、ここまで考察していて気付いたことがある。それは、待ち合わせ場所が役割を変えているのではなく、人々の場所の使い方が、時代によって移り変わっているということだ。

そう書くと当たり前のようにも思えるが、そもそも待ち合わせ場所も、最初から待ち合わせ場所としてデザインされたわけでは無い。少なくともハチ公像は、ハチ公の記念碑として建てられたのであって、待ち合わせ場所として使われる想定ではなかったはずだ。

それが、雑多な渋谷駅周辺で(当時から雑多だったのだろう多分)、目立つシンボルとして分かりやすかったから、人々に待ち合わせ場所としての役割を“与えられた”のではないだろうか。

 そう思うと不思議な現象だ。ハチ公像ほど有名な街のオブジェでも、その時々の人のニーズや、ツールの進化によって役割を柔軟に変えてしまう。オブジェや建築物で構成される街は、一見すると静的で、変化しないように見える。でも、本当は人々によって役割を与えられたり、変えられたりすることで常に変化し続けている。

あるいは、街と人が相互に作用しあって、街が出来ている。そうは言えないだろうか。だから待ち合わせをする機会が減っても、待ち合わせ場所自体は無くならないと私は思う。撮影スポットにせよ、マッチングアプリの緩衝地帯にせよ、きっと新たな役割をそこに住む人々が与えてくれるから。

そんなことを考えながら今日も私は人混みを避けて、街を歩いている。

【企画参画・協力】
都市生活研究所        深見恵理
第一ビジネスプロデュース局  若林真衣
グループコーポレート局    大瀧祐哉

黒田 太郎

デジタルコンサルティングセンター

AI&デジタルストラテジーグループ ポータルサイト「CIVIC PRIDE® 」エディター

2021年読売広告社入社。北海道出身。普段はデジタルマーケティング業務に従事しながら、日本各地を取材するポータルサイト「CIVIC PRIDE® 」のエディターを兼務する。