YOMIKO STORIES

N=1視点で勝手に「場」を語る社員コラム【東京場論 vol.5 】東京のゲストハウスに泊まってみよう

さまざまな文化・情報・トレンドが生まれては消えていく街・東京。 そんな東京で働く広告会社の社員が、興味を惹かれたいろんな「場」をテーマに、自分で見て感じたことを気ままに発信していく連載コラム。

東京は、予定のない休日を面白くできる街である

「休みの日何してるんですか?」

これは、 社会人同士が相手との関係値を構築していく初期段階で投げかけられる、お決まりの質問だ。これを聞かれたとき、いつも返答に困ってしまう。

適当に気持ちが向いた街へ赴き、お店でごはんを食べて、歩いて、お茶して帰る…。予定も決めず気軽に行ける範囲の中で自由に過ごす、気ままな週末に幸福を感じる体で生きているから、「何してる」をひとことで表すのがなかなか難しい。東京は、そんな特筆するような用事やイベントがない週末の時間を、いくらでも面白くすることができる場所だと思う。

東京にはさまざまな顔を持った街が絶え間なく連なっている。それらは蜘蛛の巣のような交通網でつながれているので、大体の場所は最寄り駅から1、2回乗り換えれば、割とどこへでもひょいと行けてしまう。このアクセスのハードルが低いということは、ある意味 「生活圏」と捉えられる選択範囲がとても広いということである。(最近はシェアサイクルの普及によってこの感覚がさらに強化された。)

広い 「生活圏」の中では、過ごし方のパターンも無限大だ。今日はあの町に行ってみよう、この道を通ってみよう、そのパターンをひとつひとつ試しては、家に帰る。それだけで、週末に決まった予定がなくとも、それらしい充実した一日を過ごすことができる。むしろこれこそが、東京生活の醍醐味であると信じている。

東京のゲストハウスに泊まってみよう

そんな、東京に暮らす人、特に先述したような東京生活を静かにエンジョイしている人には、是非とも東京の「ゲストハウス」に宿泊することを推奨したい。わざわざ泊まらなくても終電で帰ればいいし、いまさら東京観光しようみたいな気持ちにもならないよ、という声が聞こえてきそうだが、とりあえず読み進めてみてほしい。

わたしにとっての「ゲストハウス」は、もともとひとり旅における重要な拠点だった。ゲストハウスならではの自由で開放的な時間や、ゲストハウスを通じたものや人との出会いは、ひとり旅で得られる旅情と幸福を大きく引き上げてくれるものであった。ひとり旅は突発的に、無性に行きたくなるものである。しかし、社会人として週5で働いている以上、そう簡単に行けるものでもない。

とある2月、年度末も近づいて仕事も大詰め、バタバタした日々の中、疲れていたわたしは、ひとり旅の旅情を渇望していた。そこで、近場の「ゲストハウス」に泊まることで疑似的な旅情が味わえるのではなかろうかと思い立ち、休日を使って東京のゲストハウスに泊まってみることにしたのだ。

限りなく東京なのに、東京と距離を置ける場所「コマツヤ」

冷たい雨が降るとても寒い日に、わたしは墨田区・向島にあるゲストハウス「コマツヤ」に足を運んだ。

とうきょうスカイツリー駅®を出て5分ほど、ぶるぶる震えながら歩いていると、突如古民家を思わせる風貌の建物が現れた。紺色の暖簾がかかった引き戸をそっと開けると、暖かい空気と、木製の家具たちと、たくさんのレコードが出迎えてくれた。決して長旅をしてきたわけではないし、初めて訪れる場所なのだけど、まるで小さいころ訪れたことがある遠い親戚の家・・・のような安心感がその空間にはあったのだ。

オーナーの齋藤さんは、この空間のことを「東京っぽくない場所」と表現している。コマツヤがある向島という場所は、「東京と言えば?」でまず想起されるような、東京スカイツリー®・浅草寺からほど近く、常に観光客で賑わっているエリアだ。コマツヤ自体も、背後に東京スカイツリーが聳え立ち、見下ろされているような状態である。ところが、コマツヤの建物に一歩足を踏み入れると、不思議なことに先ほどの喧騒やスカイツリーから見下ろされていることもすっと忘れてしまうほどの安心感があった。

平日、満員電車に揺られ、人混みをかき分けてなんとか家にたどり着きドアを閉めると、さっきまでガヤガヤした空間にいたことが嘘のように感じられる・・・・・・みたいな、普段の“家に帰ってきた感覚”と似ているものを、このコマツヤに入ったときに感じたのだ。

齋藤さんご自身の過ごしやすさを軸に置きながら少しずつ丁寧に作り上げていったこの空間には、静かな時間の蓄積と、人の存在の温かさがある。木製の家具や、DIYで作られた棚、レコードや本やたくさん貼られたフライヤーは、そのすべてにこだわりがありつつも、決して押しつけがましさようなものはなく、コマツヤで過去の宿泊者の方々が過ごした「暮らし」のような時間の一部としてそこに存在している。

モノや場所がより便利で、より最新のものへと、目まぐるしいスピードで変化していく東京という街に身を置いていると、どこか自分のペースを見失い疲れてしまうときがある。むしろ東京だからこそ、コマツヤのような人の温かみを静かに感じながら、自分のペースで「暮らす」ように過ごすことができる場所が必要なのかもしれない。

一方で、コマツヤでの人とのかかわりについては、「東京らしさ」を感じる部分があった。

私が過去に宿泊した東京以外のゲストハウスでは、宿泊者同士でご飯を食べたり、ゲストハウスのオーナーやスタッフの知り合いのお店を紹介してもらったりと、旅人にとってちょっとしたイベントになるような“巻き込み型”のコミュニケーションが生まれるような場所が多かった印象がある。一方、コマツヤでは“同じ空間にいる人に対して干渉せずに尊重しあう”という、“受け入れ型”のコミュニケーションが生まれるような場所だと感じた。それは、どこに行っても常に他者と隣り合わせになる環境だからこそ生まれる、東京らしい寛容さや心遣いが、土地の文化として表れているのだと思う。

実際に私が訪れた際にも、共用スペースで先客のドイツ人男性がレコードで音楽をかけたり飲み物を飲んだりとのんびり過ごしていたが、言葉なくとも静かに自然に迎え入れてくれているような空気が漂っていた。それは、自分が心のどこかで感じていた「よそ者であるという後ろめたさ」のようなものをすっと解いてくれて、いつもどおりの足取りで過ごせるようにしてくれる力があった。

その街に擬態する

チェックインのあとは、 自由。どこに行っても何食べてもいい!共同スぺ―スに腰を下ろし、齋藤さんのおすすめを教えてもらいながら、 喫茶と夕食を食べるお店を決めた (その土地に詳しい方にオススメを教えてもらえるのが、ゲストハウスの醍醐味だ)。

寒空の中外へでかけたときは、体が冷え切る前に早めに戻ろうかしら…などと考えていたのに、 気づいたら喫茶→レストラン→ 浅草に移動してまた喫茶…とパワフルな梯子をし、コマツヤに戻るころは夜0時を回っていた。(このフットワークの軽さも、コマツヤパワーなのだろうか。)

浅草自体はたまに訪れるので見知った土地ではあるのだが、人がいなくなった、どこか異空間のような静かな浅草の景色は生まれて初めて見た。夜0時近くにお店にいるのは、当然地元にお住まいであろうお客さんが多く、日中に浅草エリアにいる観光客よりも明らかに自然体で、生活の一要素としてそこにいるという感じがした。

店員さんと雑談したり、新聞を読んだり、夕飯の後に一服だけして帰ったり…そんな日常的に繰り返されるリアルな夜の景色をぼんやり眺めながら、私がもしこの街に住んだらきっとこのお店の常連になっているなあ、などと思ったりした。そして、思い込みとは怖いものなのだが、夜の向島・浅草で過ごすにつれて不思議と、自分が最初からその街に住んでいるかのような感覚に陥っていった。それはその空間の持つ雰囲気の力だけではなく、「観光客という立場ではない」けど、「近くに寝床がある」という、「東京暮らしの人間があえて東京のゲストハウスに泊まっている」からこその条件が揃っているからではないかと思う。

夕食・朝食の時間に縛られず気ままに過ごし、鍵を開けてそっと家(ゲストハウス)に入り、布団を敷いて寝るだけ。それは旅というよりは、かなり“生活”に近い体験だ。加えて、そういった過ごし方をしていると、周りの住人たちの生活の様がより鮮明に見えてくることもあり、「この街に住んだら・・・」という想像が強く掻き立てられるのだ。時間が経つにつれその想像はやがて思い込みに変わり、よその街の住人として浅草に訪れていた感覚を忘れ、街のいち構成員として、レストランや喫茶、銭湯などの生活景に溶け込んでいく、少し特別な夜の時間を過ごすことができた。

朝は、街の"純度"が高い

コマツヤの秘密基地のような2段ベッドはかなりの寝心地の良さで、自宅にいる時よりも寝起きがいい気さえした。

齋藤さん曰く、「ゲストハウスに泊まると朝の時間が濃くなる」とのことなので、事前に計画していた喫茶店でのモーニングを食べに、朝から隅田川沿いを散歩した。昨日と異なり天気もよく、人も少ないからか空気が澄んでいるように感じた。聳え立つスカイツリーもどこか神々しく、朝の光を反射していた。

開いているお店は地元のパン屋や喫茶店などがほとんどで、お店や街にいる人はみな近所に住んでいる方のようだった。街が観光地に様を変える前の、暮らしの舞台としての向島の姿を見ることができたことが、この朝の時間の最大の収穫だったといえる。もうこの時には、もはや向島への擬態を通り越し、向島は自分の街だと言わんばかりに思い込みは進行しており、明日の仕事のことや、帰って回さなければいけない洗濯のことなど忘れ、なんの戸惑いもなく街を闊歩していた。コマツヤに帰ってくるときも、「ただいま」とすら言いそうになった。

もしもあの街で暮らしていたとしたら?

コマツヤがある向島・浅草エリアは、普段からよく散歩しに行くということもあり馴染みのあるエリアだったが、今回はあえて家に帰らずにコマツヤに宿泊したことで、それまで感じることができなかった、向島エリアでの純粋な生活の景色が見えてきた。それは「向島に住んだ世界線の自分」の追体験ができるからである。いわば、「東京暮らしの自分A’」、パラレルワールドのようなものだ。

この追体験は、家のような安心感のある場に軸足を置き、よそ者としてではなく、自然体で自由に過ごすことができる「東京のゲストハウス」だからこそ経験できるものであると思う。東京には通勤や観光で毎日多くの人が入り乱れているし、端から端まで簡単に移動できるからこそ、その街の「暮らし」の輪郭がぼんやりしてしまいがちなのかもしれない。

しかし、その街ひとつひとつには、そこでしか叶えられない暮らしのかたちがある、という、ごく当たり前のことをあらためて認識することができた。

予定のない週末、どこかの街でお茶して電車に乗って帰る・・・のもいいが、そこをあえて帰らずにゲストハウスの寝床をお借りし、「その街に住んだ世界線の自分」として、さらに街を味わい尽くす。そんな過ごし方は、あなたの「東京生活」をより面白くしてくれるに違いない。

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【取材協力】 コマツヤ
東京押上にある下町のゲストハウス。
真裏にスカイツリーと銭湯がある押上らしい立地。
館内にレコードや書籍なども充実しており、ゆったりとした時間を過ごすことができます。
時には音楽ライブが実施されることも。
詳細はコマツヤさんのHPやSNSをご覧ください。

HP:https://www.komatsuya-tokyo.com/
Instagram: https://www.instagram.com/komatsuya_tokyo/
X:https://x.com/KomatsuyaTokyo
Facebook:https://www.facebook.com/komatsuya.tokyo/

【企画参画・協力】
都市生活研究所        深見恵理
第一ビジネスプロデュース局  若林真衣
グループコーポレート局    大瀧祐哉

木内 柚里(きうち ゆうり)

メディアビジネスプロデュース局

デジタル業務推進部

普段はデジタルマーケティング・デジタルプロモーション業務に従事。 趣味は街歩きと喫茶店めぐりで、これまでに訪れた喫茶店は200店舗以上。 好きな街は小田原と尾道。