YOMIKO STORIES
2024.06.04
N=1視点で勝手に「場」を語る社員コラム【東京場論 vol.3】「はじっこワンダーランド」
さまざまな文化・情報・トレンドが生まれては消えていく街・東京。 そんな東京で働く広告会社の社員が、興味を惹かれたいろんな「場」をテーマに、自分で見て感じたことを気ままに発信していく連載コラム。
魅惑のはじっこ
パンの耳が好きだ。寒い地方で育ったので、パンの耳と言えば、近くの川にシベリアからやってくる白鳥のエサだったが、ひとつのパンから2枚しか取れない耳は、我が家ではジャンケンして争奪戦になるほど人気だった。いまでもパンを買って耳がついていると「やった!」と心のなかでバンザイする。
食べもののはじっこだけではない。広い廊下を歩くときも、壁に寄りすぎて前から歩いてきた人にぎょっとされたことがある。動きもどうしてもはじっこに寄りがちだ。ついでに、道の片隅に生えている苔や霜柱の存在さえ愛おしく感じる。
はじっこ好きはわたしだけではないようで、このところ市民権を得ている。この前、スーパーで買ったスライスされたパンのパッケージに書かれていた内容量は「3枚+みみ」。さらに数年前からお菓子などのはじっこだけを集めた、本家のスピンオフ的商品が発売され、話題になったりもしていた。
そんなはじっこの魅力は何なのだろう?場所や位置からみてみると、はじっこはまんなかから「ずれた」場所。ずれると先っぽに行き着き、とんがるぶん、個性がぎゅっと凝縮され、深さが生まれる気がする。
それだけではない。表と裏。地上と地下。主流と亜流。こんなふうにまんなかと対になったとき、じわじわと放たれるオルタナティブな雰囲気が一部の人を強く惹きつけるのではないか。
きらきら光って目立つまんなかと、やさしく光り続けているはじっこ。日本のまんなかと言われる東京で、都会のはじっこを探してみたい。
はじっこの街
たとえば、街。東京ではじっこ感のあるところといえば、3つの街が思い浮かぶ。下北沢、西荻窪、三軒茶屋。位置としてはけっしてはじっこではない。新宿や渋谷といったターミナル駅からほんの数分でひょいっと行けるし、快速や急行なども停まる。便利で快適。食べ物の名店をはじめ、話題になるお店も多く、たくさんの人が集まる。つまり、むしろまんなかゾーン。
ただ、わたしにとっては学生時代から、演劇、漫画、音楽の街。サブカルチャーと結びついて、いまも変わらずどうしてもはじっこという言葉がしっくりくる。
また、これらの街は訪れるたびに毎回変化していて、“古き良き”通りや建物がずっと残っている下町などとは少し趣が違う。駅が地上から地下にがらっと変わったと思えば、「開店準備中」という看板を街のあちこちに見かけて、「前にここは何があったんだっけ?」と思い出せないほどの小さな変化も。
いっぽうで、らせん階段の上の小劇場や漫画のワンシーンに登場する喫茶店はひとつの風景として変わらず存在していて、街の個性を形作る深い部分をどっしりと支えているように思う。
さらに、街の中にあるはじっこからも見えてきたものがあった。
街を噛みしめる場所
それぞれの街でサブカル的なものに心躍らせたあとは、かたいイスで痛くなった体でふらふらと歩き、薄暗いカウンターでコーヒーを飲んだり、たまたま見つけた古本屋で厚い本を立ち読みしてみたり。
だいたい訪れるお店は小さくて暗く、夏は暑いし、冬は寒くて、快適かといえばそうではないところが多い。古本屋ではお店の中が暗すぎて文字が見えない、なんてことも。そんな不自由さも不満足さもひっくるめて、きれいにまとまりすぎていないところもはじっこの醍醐味なのではないかと思う。
そしてはじっこからは、見るともなしに訪れる人の姿が目に入ってくる。お天気やらなんやらの話をして何も買わずに帰る人。新しい仕事の話からはじまった壮大な人生論を語っている人。中には自分ではなくてご近所の人の近況報告をして去っていく人、なんかもいる。
人の雰囲気が街によって違うのもおもしろい。話す内容はもちろん、選ぶ言葉や話し方のスピード、身につけているファッションも、それぞれの街のムードにだいたい合っている。もちろん、中にはぜんぜん違う人もいるのだけれど。たぶんこの場所でこういう暮らしをしているのだろうなぁと想像ができる。
やりとりを眺めていると、その街に暮らす人々の輪郭が浮き立ってくる気がする。ちょうど暗い場所から明るい場所を見ると、よりはっきりと見えるように。広くてにぎやかなまんなかにいたのでは見えない、狭くて深いところにもぐり込んでいる街のほんとうの顔が現れてくる。
はじっこに集まるひとりひとりが、たぶんこの街を好きで、この街のカルチャーも好きで。そんな多くの人たちがつながって、長い時間をかけて街の個性ができてきたのかもしれない。ちょっとやそっとの外側の変化では負けない強さを持って。
きっとわたしはSNSにも流れてこない、検索してもたどり着けない、こういう街の味わいを一歩離れたところで噛みしめたくて、ついついはじっこに寄ってしまうのだと思う。はじっこは街の表情がよく見える特等席だから。
都会からこっそりはみ出してみる
東京には、まんなかのすぐ近くに独特の魅力がつまったはじっこがある。逆から考えると、東京というまんなかで生きるために、はじっこが生まれたのかもしれない。
はじっこにしかない雰囲気を楽しみ、街の個性を味わい、またまんなかへ。まんなかからちょっとだけはみ出せるというのも、東京にあるはじっこの魅力のひとつだろう。
パンだって、もしも一生耳だけしか食べられなかったら嫌だ。やっぱり両方味わえるからいい。そんなことを思いながら、むちむちとしたまんなかとは違う滋味深さを求め、今日もパンの耳をかじる。
【企画参画・協力】
都市生活研究所 深見恵理
第一ビジネスプロデュース局 若林真衣
コーポレート局 大瀧祐哉
加藤 亜玲
統合クリエイティブセンター
第3統合クリエイティブルーム
前職を経て、2019年読売広告社入社。 趣味はよなよな熱湯で長風呂すること。週末や長い休みにはアートイベントやライブのために近くから遠くまで、いろいろな街にでかけることが何よりの楽しみ。