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地域・都市における個人の“居場所”を考える(1)―生活者が地域に根付く場をどう作る?―

2024.05.31

2024年3月19日、SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)にてYOMIKOが主催する私のアイデンティティと場所からビジネスを考えるビジネスカンファレンス「Meets iBASHO 〜くらしに根付く、これからの居場所を考える〜」が開催されました。
YOMIKOでは時代とともに変化する生活者の「居場所」を、「i(私、アイデンティティ)+BASHO(場所)」と捉え直し、iBASHOという観点から新たなビジネス構築の可能性について研究を進めています。このカンファレンスはそうした研究活動から生まれたもので、日本全国の地域における「居場所」、首都圏における「居場所」の構築に携わるプロフェッショナルの方々を招き、将来の生活領域や居場所のあり方を考える内容でした。そんなカンファレンスから第一弾レポートとして、「地域の居場所作り」に関する3つの先行事例を基に議論された「生活者が地域に根付く場所の育て方」をお届けします。

居場所=iBASHOという新しいコンセプト

2020年から3年あまり続いたコロナ禍で人々の社会生活は大きく変化しました。YOMIKOはこうした社会変化を「場」という視点から捉え直し、2023年には株式会社SIGNING、株式会社環境計画研究所とともに『iBASHOレポート〜私のアイデンティティと場所からビジネスを考える〜』という研究レポートを執筆し、発表しています。

このレポートで発表されたのが、「iBASHO」という新しいコンセプトです。居場所には、私ひとり(I)で感情を満たす「イバショ(i-BASHO)」、私と大事な誰かで感情を満たす「イイバショ(ii-BASHO)」、そして私とみんなで感情を満たす「ウィバショ(We-BASHO)」という3つの分類があり、それぞれの居場所における自分のアイデンティティと場所が組み合わさることで、そこが「iBASHO=居場所」として大切な場になるという考え方です。

そんなiBASHO=居場所について、前回の発表会では「オフィス」というテーマに絞って議論しましたが、今回のカンファレンスでは「地域」「都市」という広大な空間におけるiBASHO=居場所のあり方について活発な議論が交わされました。

今回のセッションでお招きしたのは、大阪・北加賀屋を拠点に活躍する建築家でdot architects代表取締役の家成俊勝氏、長野・富士見町と横浜・天王町でコワーキングスペースを運営するRoute Design合同会社代表でサービスデザイナーの津田賀央氏、谷中で「最小文化複合施設」の萩荘の運営を営む建築家・株式会社HAGISO代表取締役の宮崎晃吉氏の3名です。

大阪、長野・横浜、東京谷中で活躍する「場」のプロフェッショナル

家成氏が拠点とする北加賀屋は、かつて造船所が立ち並び多くの労働者が集った由緒ある地域です。しかし1980〜1990年代にかけて工場が撤退すると、2万人ほどいた労働者もいなくなり、空き工場や空き倉庫、空き家が増えるようになりました。

近年はそうした空き家や空き工場を活用し、アーティストやデザイナーや飲食店関係者に格安家賃で提供してカフェやギャラリーを作り、新たな街として生まれ変わりつつあります。これは「北加賀屋クリエイティブビレッジ構想」と呼ばれ、北加賀屋といえばアートの街として認知度が高まるようになりました。家成氏は元家具工場の跡地を借りて、アーティストやアートNPO、映像作家の方などとシェアしながら建築設計や創作活動を展開しています。

「北加賀屋」  提供:Yuma Harada

津田氏は広告会社出身で、メーカーの研究開発部門に従事した後、現在のRoute Designを創業。クリエイティブディレクションや企業のミッション・ビジョン策定事業とともに展開しているのが、コワーキングスペースの運営です。

津田氏が運営に携わった初めてコワーキングスペースは、長野県富士見町に2015年にオープンした「富士見 森のオフィス」です。富士見 森のオフィスはもともと大学の保養所でしたが、リノベーションして移住促進施策の一環として開設されました。富士見町は人口が1.4万人の小さな町で、当時は年々人口が減少し、産業も精密機械・農業・観光と限られていたそうです。

オープンした当時はリモートワークの認知度が低かったものの、2019年には宿泊棟を整備し、さまざまな企業が合宿や研修に活用するようになりました。そしてコロナ禍を経て、富士見 森のオフィスの会員数も向上、現在は会員約1600名となり、移住希望者も増えて現在は待機リストが作られるほどになっています。

コワーキングスペース「富士見 森のオフィス」

津田氏はこの富士見 森のオフィス運営に当たり、移住促進というミッションのほか「富士見町の経済社会の促進」と「その活動を生み出すためのコミュニティ育成」に注力。現在は長野の有名な奇祭「御柱祭」に地元の方々や移住者の方々とともに参加するなど、絆を深めています。そして昨年は横浜の天王町にクリエイター向け協働制作スタジオ「PILE(パイル)」をオープンし、新たな挑戦を始めています。

クリエイター向け協働制作スタジオ「PILE(パイル)」

宮崎氏は東京藝術大学出身の建築家で、学生時代は谷中にある築68年のアパート萩荘に友人と住んでいました。卒業後は会社員として勤務するも、東日本大震災を機に退職してボランティア活動に従事、谷中に戻ったところ、萩荘の大家さんに「古い建物だし、解体しようと思う」と相談されたそうです。

それならということで、萩荘の“葬式”を企画し、アーティスト仲間とともに萩荘を思い思いの形にアレンジした「ハギエンナーレ」を実施したところ、評判を呼び、3週間で約1,500名の来場者が集まったそうです。

これがきっかけとなり、萩荘の解体は中止。リノベーションして宿泊施設やギャラリー、カフェを併設した「最小文化施設」として生まれ変わることとなり、その設計やリノベーション、運営を宮崎氏が担うことになりました。コスト節約のため萩荘に住む傍ら運営に携わったところ、カフェや食堂、銭湯がある谷中という街全体が「ひとつの家」としての機能を持つことに気付き、現在は谷中の空き家を8軒ほどリノベーションして新たな施設として蘇らせ、谷中観光や地域振興の発展に寄与するとともに、地元の方々との交流を深める活動を展開しています。

木造アパート「萩荘」から、最小文化複合施設「HAGISO」へ

「HAGISO」内部

地域をあらゆる人の「居場所」とするために何が必要?

セッションは、モデレーターを務めるYOMIKOの秦瞬一郎と小栁雄也の進行で進んでいきました。

左)秦 瞬一郎 右)小栁 雄也

3名の活動を聞いたうえで、秦からは「場所をさまざまな人にとって“居場所化”させていくために何が必要だと思うか」というテーマが提示されました。なお、ここでいう「居場所」とは「買い物目的などでは訪れるが、それ以上の気持ちや感情が湧かない場所」という意味です。

これに対し宮崎氏は、「ニュータウンのような街並みと比べると谷中は借地が多く、私道などプライベートな部分と公共との敷地・境界があいまい」という特徴を上げながら、「たとえば路地にあるベンチは、誰のものという明確な区切りがなく、ある時間帯は近くのおばあちゃんが座っていたり、別の時間帯は違う人がくつろいでいたりと余剰があります。そんな感じで“この時間は誰々の居場所”と余剰が生まれているところに居場所っぽさを感じます」と話します。

宮崎 晃吉氏

家成氏は「そもそも現代社会は利益追求、競争をベースとしているので、そういうシステムとは違う場所を作っていくべき」という考えを示す一方で、北加賀屋のようなかつての労働者の街全体に佇むある種の雑多感、興味はあるけど足を踏み入れるのが怖いという雰囲気も肯定し、「いまの社会と違うやり方で人とのつながりが生まれる場所があった方がいいと思って活動しています」とコメントしました。

家成 俊勝氏

津田氏は「居場所化させるポイントはルーズさにあるのではないか」と新たな視点を提示します。綺麗で整頓された状態を保つためのルール作りより、「自分にとって居心地の良い場所を作るため、ほかの人を尊重しながら自由にやってもらうという姿勢こそが、自分にとってもほかの人にとっても良い居場所になっていくのではないでしょうか」と自らの経験を踏まえて話しました。

もう1つ、大切なポイントがあります。それは「生きがい」を感じられる場であるかどうかということです。生きがいとはモチベーションです。津田氏は「商業主義のビジネスメリットを考えたり、仕事とプライベートの線引きをするとそこで終わってしまいます。1つひとつのコミュニティの活動を丹念に育て、生きがいを作っていくことが大切だと思います」と話します。

津田 賀央氏

また宮崎氏も「地域の人とのつながりがある日突然発火剤となり、新たなアイディアが生まれることがあります。それを楽しめて、入り込んでいくことが必要です」と指摘。YOMIKOの小栁は「生きがいで地域に来る人を増やしていくことが重要だと気付きました」と感想を述べました。

生活者が自ら「この地域と関わりたい」と思うには?

続いてのテーマは「生活者自身の“関わりがい”を生み出すために、その場所としてできることは何か?」というものです。人が地域と関わりを持ちたい、関わりを持つこと自体をポジティブに感じるには何が必要なのでしょうか。

宮崎氏は「近年の都市計画は、関わり合いが生まれる接点を排除している」と指摘。たとえば谷中は、現在の建築基準では認められていない2メートルほどの路地があちこちにあり、その狭さこそが人との関わり合いを生み出していると説明します。

家成氏も宮崎氏の路地の話に共感しつつ、「自分たちで場所を作り出していく感覚や、自分たちで手を入れないと地域が回らないという状況があって初めて関わり合いが生まれると思います」と意見を述べました。

津田氏も家成氏の意見にうなずき、「富士見は小さいので各集落から人が出て、雪かきやゴミ捨て、道の側溝の掃除まで全部自分たちで行います。それで地域を維持していくんです。行政では対応しきれない、そんな世界で生きているので自ずと『関わる』ようになりますし、その利他の思想が富士見 森のオフィスにも生きています」と話します。また横浜のPILEでも、絵の好きな子どものために会員になった親が、数カ月後には自らがワークショップを開く側になるなど、関わりが深まることで生きがいが生まれたという実例を紹介しました。

また「関わり合いを生むには『その地域の人々の顔』がしっかり見えていることが大切だと思う」と家成氏が提起。津田氏は「単純な人数だけでなく、関わり合いの深度によってレイヤーが生まれるので、そのレイヤーに応じた場を作っていくことが大切」と意見を述べ、宮崎氏は「表通りと裏通りの路地で、人々の関わり合いやコミュニケーションはまた違ってくる。そこであえて『一見さんお断り』や『入りにくい構造設計』を用いることで、都市としての奥行きも出る」という新たな都市作りのポイントを話しました。

参加者からは「地域作りで難しかったことは?」などの質問が飛び、情報発信の難しさ、誤解による誹謗中傷などの対応に苦慮した話などが示され、会場は大いに盛り上がりました。3名とも、そうした苦労はありつつも新たな地域振興に邁進していくとのことです。
(終)

<プロフィール>(写真左から順に)
ビジネスデベロップメント局 ⼩栁 雄也
建築家/株式会社HAGISO代表取締役 宮崎 晃吉氏
建築家 / dot architect代表取締役 家成 俊勝氏
Route Design合同会社 代表/サービスデザイナー
富士見 森のオフィス 運営代表 PILE -A collaborative studio- 運営代表 津田 賀央氏
マーケットコンサルティングセンター 秦 瞬⼀郎