YOMIKO STORIES

「なんだかつい居たくなる場所」を考える(2)―人々が過ごし方をクリエイトできる“余白”をまちの中にどう作るか?

2024年10月31日、SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)にて第2回となる「Meets iBASHO」ビジネスカンファレンスが開催されました。Meets iBASHOは“居場所”を「アイデンティティー(i)+場所(BASHO)」と捉え直し、「場所と人の関係」からビジネスの可能性を考える「iBASHOプロジェクト※」の一環です。

今回のビジネスカンファンレンスのテーマは「なんだかついつい居たくなる。~人が居場所だと感じやすい場のデザイン論~」。アフターコロナの時代、「目的のある活動」「効率的な活動」がオンもオフも重視される一方で、なんとなくすこしボーっとする。誰かとの活動を見る。誰かとすれ違う。何気ないけど、なんだか幸せを感じられる。

そんな過ごし方のできる「iBASHO」の在り方について、YOMIKOの調査報告・事例紹介、ゲストをお呼びしたセッションやワークなどを実施しました。

セッション2では、「“ついつい居てしまう場所”の生み出し方を、過ごす人のクリエイティビティに委ねる「街の余白」から考えてみる。」というテーマで一般社団法人 for Cities共同代表理事の石川 由佳子さん、三菱地所の牧野 圭さんと話し合いました。

セッション1のレポートはこちら

人はなぜその場所を「心地良い」と感じるのか

人が「居心地がいい」と感じる場所には何があるのでしょうか。

くつろげる、落ち着ける、遊べる、休める、時間をつぶせる―場所に求める意味はさまざまなものがありますが、究極的には「自分の好きなことができる」という場所を「居心地がいい」と感じるようです。

誰もが自由に自分の好きなように過ごせるということは、その場所が、特定の目的や用途がない“真っ白”な場所であるということ。昨今、大都市には新しい施設が次々と誕生していますが、人々が思い思い自由に過ごせる“余白”こそが都市には必要ではないでしょうか。

左)三菱地所株式会社 牧野 圭氏 右)一般社団法人 for Cities共同代表理事 石川 由佳子氏

自分の意思で都市を楽しむ「アーバニスト」をつないで場の可能性を引き出す

石川さんが共同代表理事を務めるfor Citiesは、東京と京都に活動拠点を持ち、国や業種などの垣根を超えて「都市」の日常を豊かにすることを目指して活動を展開するデザインスタジオです。

石川さんはドイツで育ち、国境を超えて未来を考慮した都市基盤の企画・実践を行うヨーロッパのシンクタンクの活動に共感したそうです。そこでfor Citiesでは、アジア発でアーバニスト(主体的に都市を楽しむ人)をつなげる活動を展開し、国を超えたまちづくりの種を蒔く活動を進めています。

具体的には、その都市のアーバニストと共に、都市・地域が持つ可能性や魅力、資源のリサーチを進め、そのポテンシャルを最大限に活かすワークショップを開催。そこから生まれたアイディアを基に、都市とそこで過ごす人の活動をアート的な視点で再構成したり、都市の持つ魅力を可視化したり、そのプロジェクトはベトナムやエジプトなど国内外に広がっています。

アーバニストと集約しているサイト(URL:https://www.forcities.org/urbanists

そんな石川さんは、居場所について3つの問題意識を持っています。

従来の都市づくりでは「この場所は何かいい」という気持ちや思いを言語化・可視化できないこと、スクラップアンドビルドではない手法で“居心地良さ”を作っていくこと、そして地域の人々が自分たちの都市にある魅力を認識し、それを保護したり育てたりするプラットフォームを開発・共有できないかということ。

最後の問題意識に関しては、「Dear Tree Map」という形で渋谷区の緑道を中心にまちの街路樹のデジタルマップを開発し、緑を活用するために何が必要なのか、都市の伐採木をどのように活用していくかといった踏み込んだ企画を実行しています。

渋谷区で展開した街路樹のデジタルマップ

大規模開発から半径数メートルの範囲まで、ヒューマンスケールで居場所を考える

三菱地所の牧野さんは、丸の内・有楽町エリアを中心にした街区の再開発やアセットマネジメント業務を担当する一方、個人では牧野さんの配偶者が代表を務める「YOMAFIG.(ヨマフィグ)」という団体でアートと不動産の可能性を追求したさまざまな試みを展開しています。

牧野さんが三菱地所で担当している業務は、いわば大規模案件です。

単に新しいビルを建てるだけでなく、各不動産がどれくらいの収益を生み出していて、どれだけのコストがかかっているのか、得た収益を何に投資すればより大きな利益を生むのかなど、その地域が持つ価値をビジネスに転換することが求められます。そうしたなかで、これまでであれば資産価値を上げるために古いビルを壊して新たな施設として再開発を行うという手段が取られてきました。

しかし牧野さんによると、近年はそうしたやり方だけでは限界を迎えつつあるそうです。

資材や工事費の高騰、スクラップアンドビルドを繰り返すことでの地球環境への影響の懸念など、不動産業界はまさにシフトチェンジのタイミングにあります。

牧野さんも、「古い建築は全て新しく巨大な施設へ」という考え方のみではなく、「古いものにこそ価値がある」という考えも取り入れて、丸の内に並ぶ1960〜1970年代の建物のバリューアップを企画し、適材適所のポートフォリオ形成を心がけています。そのなかで気付いたのが、「古い建物は“内”と“外”が完璧に分かれておらず、あいまいな空間が多い」ということでした 。

バリューアップした新東京ビル

2024年現在は、働き方が多様化し、丸の内も「オフィス街=働くための場所」だけではない新たな魅力が確立されています。そこで取り組んだのが「Marunouchi Bloomway」という企画でした。

これは丸の内仲通りから、仲通りに面する 2つのビルを連結する通路に月替りで花壇を配置し、東京駅前・仲通りを歩く人々を引き込み、楽しんでいただくという取り組みです。これまではオフィスビルのただの貫通通路だった場所が「花壇がある散歩道」というあいまいな場所を作ることで内と外をつなげ、新たな魅力拡大=バリューアップを実現するというもので、評判は上々。

今年の7月は、七夕に合わせて短冊を用意したところ、通りかかった人々が思い思いに短冊に書き込み笹に飾るという一大作品となりました。

Marunouchi Bloomwayの実際の写真 左)6月のアジサイ 右)7月の七夕

そして個人としても、YOMAFIG.で数々のアーティストと共にアートと不動産の可能性を追求する企画を実行しています。

京都の禅宗の寺院を借りて和建築の空間解釈をアートで表現したり、 各地のホテルでアートフェアを開催したり、その自由な発想で「場」をクリエイトしています。

都心の大規模開発から、寺院やホテルなどの建築物をクリエイトして新たな空間との向き合い方を提示するといったように、規模にはこだわらず場の可能性を追求し続ける牧野さん。

「丸の内という大きな場所といえど、それは半径数メートルのヒューマンスケールの積み重ねでできている」という哲学の下、空間とそこですごす人々の認知を自由に伸び縮みさせる取り組みを続けています。

過ごし方をクリエイトできる場所はどのように生まれるのか

石川さんは、都市を楽しむ人々の視点から「都市の過ごし方のクリエイト」のさまざまな局面をリサーチし、牧野さんはヒューマンスケールの視点で地域や建築の楽しみ方や価値をアーティスティックに切り取っています。

そんなおふたりは、「場所をクリエイトする」ことの大切さについてどう考えているのでしょうか。

石川さんは「東京などの都市部においては、その場所が持つルールから逸脱しないことで楽に過ごせるという面もあります」と話しつつ、「そのルールに縛られているうちは、自由に過ごそうと思うと空間を拡張せざるを得ず、多くの人が『何か満足しない』という状態になってしまいます」と警鐘を鳴らします。

そしてそのルールの外にある可能性を追求するために「アートのパワーが必要なのでは」との見解を述べました。

石川 由佳子氏

また牧野さんは、「過ごし方をクリエイトすることは、『自分がどう過ごしたら心地いいのか、自分はどう生きたらいいのか』という自覚につながるのかもしれません」と話します。

「その自覚が生まれると、自分の時間や居場所をより意識的に選び、創造することができるようになります。また、自覚がなくても、予想外の出来事や空間に直面したとき、その体験を意識的に捉えるきっかけになる可能性があります。もしその体験が快適であれば、自分の『空間の枠』が広がったと言えますし、不快であれば、自分のヒューマンスケールを超えている状態なのかもしれません。このような体験を通じて、自分の変化や成長を実感することが重要なのではないでしょうか」(牧野さん)

石川さんも「自分が過ごす地域のサイズ感は重要」と同意します。

自分がどう過ごすか、何をやろうかというモチベーションは、「自分が関われる範囲」と密接に関わってくるからです。

その一方で、石川さんは「自分がその地域にどう入り込むかも大切」という見解も示します。現在、石川さんが住んでいる地域は昔ながらの商店街が残っているところで、戦後発展してきました。「大規模フランチャイズチェーン店を入れない」というルールがあり、住民でその地域を守るカルチャーが根付いているそうです。

石川さんがそのまちに引っ越した翌日、花を植えるために自宅の外で木を切っていたところ、通りかかった地域住民に声をかけられて公園の花壇管理のボランティアに加わったそう。「地域に対し、身体的にも心理的にも開いた状態になることで、地域との関わり方、過ごし方が生まれます」と石川さんは話します。

そしてもう1つ大切な点は、まちのなかに、自由に過ごし方をクリエイトできる「余白」をいかに作っていくかということです。

牧野さんは、まちの余白について「(1)余白を目的としてデザインして作った余白、(2)デザインされたもの同士の間に生まれる余白、(3)意図せずに生まれる余白(例えば都市と都市の間のギャップ)、という3種類があります」と説明します。

このうち、(1)に関しては始めから意図して設計することで生まれる余白なので、あえて余白を作りたいというのであれば有効な方法です。一方で、(3)の意図せず生まれる都市間のギャップというのは、いわば都市が新陳代謝するなかで勝手に生まれるもの。牧野さんはそんな余白の一例として日本橋兜町を挙げつつ、「再開発で都市としての付加価値が向上すれば、また新たな余白がどこか違うまちに生まれるかもしれません」との見解を示します。

最も難しいのが、デザインされたもの同士の間に生まれる余白です。これを牧野さんは「実質的に公共空間になると思いますが、これをどう作っていくかが今後の大きなテーマになると思います」と、セッション参加者の自由な発想を促すような意見を述べました。

牧野 圭氏

また石川さんは「東京という場は今でも余白に満ちている」と話し、その余白を活用するために「許容するルール」を作る必要性について話しました。

イベント参加者らの活発な議論も促進

2つのセッションを終えた後、今回のイベントでは参加者の方の自由な発想やアイディアをディスカッションするために「語らいの時間」を設けました。

ディスカッションのヒントとして、参加者の方に「語らいの時間」のための用紙を配り、「イベントのなかで印象に残ったポイント」や「場や空間づくりにおいて自分が抱えている課題感」「取り組みたいこと」、そして「ついつい居たくなる場所の視点は自分の仕事にどのように活かせそうか」というアイディアを書き込むように促しました。

それを基に各グループでさまざまな意見交換を行い、最後の発表では「場所ごとの自然な営みを促すことで心地よい居場所を作りたい」「オンラインの居場所の居心地について考えたい」という意見などが聞かれました。
(終)

※ iBASHOプロジェクトについて
本プロジェクトは、都市生活について研究を続けてきた当社と、オフィスや住宅のデザイン・施工を手がけてきた環境計画研究所、そしてポストコロナの兆しを捉えるクリエイティブを行なってきたSIGNINGの共同プロジェクトです。 コロナ禍で変わった「人と場所の関係性」を、I(私・アイデンティティ)+BASHO(場所)と分解し、“IBASHO”という考え方で捉え直しました。
かつては家と職場とサードプレイスが居場所を構成していましたが、リモートワークの普及で大きく変化しました。居場所の定義も広がっている一方で、居場所のなさによる様々な課題も問題視されています。
孤独や悩みを抱えている人が、自分の居場所を再発見できるのでは?それを促すサービスや商品にビジネスチャンスがあるのでは?という考えのもと、アイデンティティ(ワタシ・ワタシとアナタ・ワタシとミンナ)の帰属のさせ方で、場所との関係性を構築し直す試みが、IBASHOプロジェクトです。

(左より)
YOMIKO マーケットコンサルティングセンター 秦 瞬一郎
三菱地所株式会社 牧野 圭氏
一般社団法人 for Cities共同代表理事 石川 由佳子氏
YOMIKO ビジネスデベロップメント局 西村 真