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都市生活者の価値観と消費が変わる「リライフモーメント」<後編>

2020.06.29

今回は、研究員のリアルなリライフモーメントから考察してみる

左から、都市生活研究所 生活者フォーサイト研究ルーム 小島 正子・日浦 康雄・関 紀和

小島:前編では、リライフモーメントの概要や4つの攻略視点についてお伝えしました。端的に言うと、リライフモーメント=「ライフイベントを契機に一人一人の奥底にある過去からの潜在欲求が表出され、価値観自体が大きく変化するモーメント」ということでした。
そして、その「価値観変化」を知ることが、新たなマーケティングチャンスになりうる、ということでしたね。
前回は、潜在欲求の表出が顕著で、マーケットボリュームも期待できる「自宅購入」について、データをメインにご紹介しました。今回は、私たち研究員の体験から、リアルなリライフモーメントと、その攻略について探っていきたいと思います。メンバーには自宅購入経験者も多いですね。

「クルマ好きの自分が、まさかの視点でクルマを選ぶように」

関:私も数年前に自宅を購入しました。その際にリライフモーメントによる自身の価値観の変化と潜在欲求の表出を強く実感したのが、クルマの購入(買い替え)ですね。いわゆるクルマ好きで、好みのタイプは一貫していたのですが、こんなに価値観が変わるのかと驚きました。

日浦:もともと買い替え前は、どんなクルマに乗っていたのですか?

関:分かりやすく言うなら「自分好みの走りが楽しめる大衆ステーションワゴン」ですね。
様々な機能が詰め込まれた性能過多なクルマではなく、普段の街中の運転でもちょっとだけ走りが面白く感じられたり、少しデザインに癖があったりするクルマを選んでいました。

日浦:そこから、何に乗り換えたのですか?

関:「解放感を味わえるプレミアムSUV」ですね。いわゆるプレミアムブランドは好みではなかったので、自分では以前の趣向とは対極にすら感じます。まさか自分が、プレミアムセグメントの、しかも背の高いSUVを買う日が来るとは意外でした。

プレミアムSUV購入の背景にあった潜在欲求の顕在化

日浦:自宅購入というリライフモーメントがきっかけとなって、こだわっていたクルマの趣味まで変わってしまったということですね。

関:変わりましたね。そもそも前に乗っていたクルマは10年乗ろうと思っていたほど大好きなクルマでしたし、いまの家族構成(私、妻、未就学児の子供)でもちゃんとファミリーカーとして使えるクルマを選んでいたつもりだったのに、それがしっくりこなくなりました。

日浦:その背景にあった価値観変化や潜在欲求の顕在化もあわせて、もう少し教えてください。

関:まだ小さい子供がおり、育児も手さぐり、正直に言って家族ともどもイライラ・落ち着かない時間も多いのですが、そのため当時住んでいた自宅に対して、圧迫感のある空間、抜け感のない視界(窓を開けても空が見えない)、ダーク調のインテリア、などにネガティブな意識があることが明確に自覚されてきました。
そこで、とにかく家族の幸せのために「ストレスフリーな暮らし」を実現できる自宅として、「郊外の戸建て」を選択しました。

そして、戸建て設計をしていくなかで、さらに根源的な自分自身の欲求が自覚化されてきたのです。
分かりやすく言えば、もはや「ストレスフリーな暮らし」「リラックスできる暮らし」という穏やかな優しいレベルではなく、そこを超えて、ストレスフルな生活自体を抜け出したい、という切実でハッキリした願望ですね。
つまり、自宅購入というリライフモーメントを通じて、心身共に家族と共に「解放感を感じる暮らし」という欲求が一気に顕在化したのです。自宅はもちろん、資金が許す範囲で吹き抜けや窓、屋外の緑の景色が抜ける窓の多用など、「解放感が味わえる」間取りやインテリアにしていきました。

そうなると気になりだしたのが、クルマなんです。いつの間にか背が高く見晴らしのよい、明るいインテリアカラーのクルマがとにかく欲しい!という気持ちが芽生えていました。

日浦:当時乗っていたクルマは、そうではなかったということですね。

関:はい。元々のクルマ選択基準は、①エクステリアデザイン(癖のある形)②運動性(ハンドリングなど)③居住性(足元の広さ)で、“見晴らし”などまったく入っていませんでしたし、インテリアカラーは黒でした。それでも当時は十分解放感は味わえていたのですが…日常を振り返れば夏場など後部座席はエアコンが中々効きづらく、家族みんなイライラしてしまい、むしろ落ち着けない・ストレスフルな「解放感のない時間」だと、急に感じるようになったのです。

つまり、自宅購入リライフモーメントを経て、①快適性(家族が乗る後部座席の空調も含め)②居住性(見晴らし+広さ)③インテリアデザイン(明るくシンプルな印象)という選択基準に変化し、そして、それらの条件がそろったのが、車内環境が快適なプレミアムセグメント寄りのSUVだったわけです。

日浦:関さんの場合、元々クルマを通じた「自己のこだわり実現」があり、「家族のしあわせ重視」と相まって「自己のこだわり実現」が一気に変化・潜在欲求が顕在化した結果、新たな消費につながったということですね。

リライフモーメントは消費変化が生まれる大きなチャンス

日浦:ところで、いつからクルマの買い替えを検討し始めましたか?もともとは、そのクルマが好きで買い替える予定はなかったわけですよね。

関:本格的な購入検討ではありませんが、最初にクルマの情報を目にしたのは、住まいの購入を検討しはじめた段階でしょうか。その時期はあくまで趣味としてのチェックでしたが、その後、価値観や潜在欲求が顕在化してきたことに伴い、徐々にクルマの買い替え意向が高まっていった感じです。それをおおまかにまとめたのが以下の図(リライフモーメント・ジャーニーマップ)です。

日浦:ライフイベントそのもの(今回で言えば住まい購入)のカスタマージャーニーはよくありますが、リライフモーメントという価値観変化とそれに連動する購買変化も合わせたジャーニーで捉えると新たな気づきがありますね。
我々が、リライフモーメントがマーケティング上とても重要だと思う理由が、今回ご紹介したように「価値観変化」により、「購買変化(新規購入・ブランドスイッチ)が起こる」可能性が高い、という点です。我々の研究では、一見無関係な消費変化も連動する場合があることが分かっています。例えば、自宅購入をきっかけに、これまでの発泡酒ではなく、本当は飲みたくて我慢していた「プレミアムビール」にスイッチしたというようなパターンですね。

関:新たな自宅空間にあわせて、選ぶアルコールが変わる、というのは分かる気がしますね。

日浦:その変化を察知してマーケティング活動に活かせたら、潜在需要を取り込めますね。
そのためには、各リライフモーメントで生まれる価値観変化に対して、個別商材をどのように訴求したら選ばれるのか、仮説を出して検証していくことが求められます。ただ、きちんと生活者の価値観変化について調査分析をし、仮説を立て、大規模なコミュニケーションを実施し、その結果を振り返り…、と手順を踏んでいくと、相当な時間やお金などのコストがかかってきます。
そこで我々は、「リライフAD(仮)」と呼ばれるリライフモーメントに精度高くデジタル広告配信ができるメニューを開発し、「どんな価値観変化が起こっていて商材がどんな訴求をすればいいのか」が広告反応率を通じてスピーディーかつ低コストに検証できるスキームを準備しています。

小島:自宅購入×クルマはもちろん、それ以外、例えば食品とか、他の商材でもどんなマーケティングチャンスがあるか、様々なクライアントと共に検証していきたいですね。また、自宅購入以外のライフイベントも気になってきました。引き続き、リライフモーメント研究を進めていきたいと思います。

関 紀和

都市生活研究所 生活者フォーサイト研究ルーム

2012年読売広告社入社。R&D局を経て、2019年より都市生活研究所へ。
入社以来 生活者研究を主務とし、これまで、高感度生活者研究、受療行動・健康行動研究、シニア研究に携わり、製薬、医療機器メーカーなどの案件を担当。また、この数年は「Civic Pride」に関する研究に従事しており、自治体との共同研究なども行っている。

日浦 康雄

都市生活研究所 生活者フォーサイト研究ルーム

コンサルティングファームを経て、2012年読売広告社にストラテジックプランナーとして入社。​​マーケティング戦略立案から、マス・デジタル広告はもちろん、​イベント・プロモ、CRMまで、幅広い統合プランニングを担当。2017年から現在まで、博報堂DYMPのデータビジネス開発セクションも兼務し、大手PFとの新規ビジネス開発に従事。2019年から都市生活研究所に在籍。​
大学時代より一貫して探求を続ける哲学的視点に基づく人間研究×ビジネスデザインをライフワークとしている。