SPECIAL CONTENTS

次世代サードプレイス・ラボVol.8 注目のサードプレイスの現場から

2020.10.16

設計者が自ら運営する、住まいと小商いの複合施設 「KITAYON」

はじめに

「次世代サードプレイス・ラボ連載レポート」第8回の舞台は、設計者自らが設計した建物を運営する「KITAYON(キタヨン)」です。今回は、これまでの取材先とは異なり、小商いをしながら住まうという、複合的機能を有したサードプレイスです。なぜこの複合施設を生み出し、建築家の職域を超え建物に関わり続けているのか、その真意を取材しました。

□■場の概要

西荻窪駅北口の商店街を進んでいくと、まちと調和しながらも凛とたたずむ、三階建ての複合施設「KITAYON」。1階は飲食店やショップ兼ギャラリー、2階は2つのショップとアトリエ付き住居、3階はアトリエ付き住居となっている。

  • 施設名|KITAYON

  • 所在地|167-0042 東京都杉並区西荻北4-4-1

  • 2017年3月オープン

□■お話を伺った方

KITAYON設計/オーナー 日吉坂事務所 寳神 尚史(ほうじん ひさし)さん
1975年神奈川県生まれ。一級建築士。
明治大学大学院理工学部建築修士課程修了。
青木淳建築計画事務所で勤務した後、2005年に日吉坂事務所を開設。
個人住宅などの住空間や、店舗設計などの商空間を多く手がけ、その2つの領域をまたぐような空間作りを得意としている。

□■現地の様子

KITAYONは西荻窪駅から徒歩6分。
理髪店・喫茶店や雑貨店など、小規模店舗が建ち並ぶ商店街の終点間際に位置する。

KITAYONの正面に立っても、すべてのお店は見えない。
周辺の店舗は、間口いっぱいの店舗ファサードが建ち並ぶ中、KITAYONは、路地・店舗ファサード・階段の3つに分かれている。

1階の店舗へは、右側の路地を通って入ることができる。

手前は、オリジナルテキスタイルのギャラリーLIGHT CUBE。
奥はカフェのcafe ilo。

2階・3階へは、建物の左側の階段を上っていく。
1階の路地と同じく、階段の幅が広く、上がりやすい設計になっている。

階段脇には、テナントのネームプレートがあり、階段を上らずとも、2階の店舗の営業状況がここでわかるようになっている。(取材時、2階のパン屋さんは定休日のためcloseのサインが。)

2階に上ると路地があり、手前のパン屋さん・奥のジュエリーショップにつながっている。
このパン屋さんはアトリエ付き住居の一角で、お店の横に住まいのある作りになっている。

奥のジュエリーショップは、ご夫婦で経営。
こちらのデザイナー夫妻も、アトリエ付き住居(3階)を利用している。

□■インタビュー

|元気が出る、一緒に盛り上がることができる、モノづくりがしたい

寳神さんが刺激を受けたモノづくりがある。
西洋のからくり人形“オートマタ“だ。
オートマタは、ハンドルを回すと複雑に組み合わせた歯車が回り、人形がコミカルに動き出す。このコミカルさを高いクオリティで表現しているというモノづくりの姿勢に、寳神さんは感銘を受けたそう。
自身もこのようなアート作品を趣味で作っているため、余計に作家に対する憧れがあるそう。
一つのモノを作り成立させる、この素晴らしさに心を打たれ、モノづくりにコミットしていく人たちの傍にいたい!個人のいきいきとした生活を自分がバックアップしたい!と、本計画がスタートしたのだ。

|目指すは「住まい」「職場」「お店」の集合体

個人がいきいきとした生活を送るためには、「暮らす」と「商いをする」の2つが両立する場が必要。
しかし、個人が働きながら暮らす場で、大きな経済を生み出すのはとても難しく、経済的な場の持続性が見えてこない・・。
そこで寳神さんは、自身が大きなお金を得るのではなく、自身が資本主義の前線で得たお金(別の建築の仕事で得たもの)を極力、モノづくりをしている人々の人生面に回したいと考えた。(これを“適度な経済性での資本の移動“と、寳神さんはよぶ。)

目まぐるしく変わる経済で、スローな経済をまわそう、と考えました。

ー 寳神さん

適度な経済性への資本の移動を「建物という形を通じて」行おうと思い、仕事と暮らしが密接したライフスタイルを成立させる場を作ろうと考えた。

|反応する相手を、見極める

西荻窪のまちを歩いてみると、美味しいパン屋さんや、オーガニック野菜のレストランなど、有名店が点在している。
そのお店らは商店街に面しているのではなく、路地を少し入ったところにあり、まちの人々は躊躇することなく、路地をずんずんと進んで店へ行き着く。
まちの人々や街並みをみて、西荻窪は「路地のまち」という文化が根付いていることに、寳神さんは気がついた。
「西荻窪の商店街」、「路地のまち」という特性に対し、この建物はどう反応したらいいか。
設計者手法の「モノ(物理的なもの)」と「コト(ソフト)」の考え方に材料を当てはめ、寳神さんは反応する相手を見極めた。
※反応とは:あるモノゴトを踏まえてKITAYONが対応・行動すること

このKITAYONの反応を敷地条件に当てはめ、KITAYON計画を具体化していった寳神さん。

他の人が見過ごした立地の持ち味を見つけ、緻密に事業収支計画を練ったからこそみえた事業成功の兆しを、熱い言葉で語る寳神さんに、設計者兼オーナーの力強さを感じた。

|日本が目指すべき「クリエイティブカントリー」

まちに対するKITAYONの反応を考えたことで、寳神さんは、社会に対する反応にも目を向ける。
人口が減り、生産力が上がりにくく、下り坂になっている日本経済に対して、どう反応していけばよいか考えた時、その糸口は“文化性“にあるのではないかと気づく。
今までは生産能力で評価されていたが、今後はクリエーションで評価されていくのではないだろうか。
日本が目指すべきは「クリエイティブカントリー」だと、寳神さんは時代を読む。
そうなったときに重要になるのは「個人のモノづくり」や「個人の表現活動」だ。

そうすると、個人のモノづくりを支える受け皿も必要になってくるでしょう。
受け皿をつくること、それが私がすべき”反応“だと思いました。

ー 寳神さん

|KITAYONの主役は「路地」

KITAYONの主役は、2つの路地。接道面の2/3を路地に割いている。
西荻窪に根付いた「路地のまち」文化をKITAYONにも取り入れ、建物内に路地を作ることで、来街者が建物の奥に入ってくる道をつくった。
また、この「路地」は、西荻窪文化を取り入れるだけではなく、当初の目的だった「個人による商い」を実現させるためにも重要なポイントとなった。
個人による商いにおいて、大きな区画では賃料が上がり借りられなくなってしまうため、小さな区画でなければならない。
路地があることで、敷地内を小さな区画に区切ることができ、個人に貸し出すことが可能となったのだ。

KITAYONには、モノづくりをしているご夫婦や、飲食関連でお店を運営している人が入居されている。
入居者さんそれぞれのやり方で、それぞれの経済性の中で、“小商い”をされており、寳神さんがイメージした「暮らす」と「商いをする」の2つが両立する場となっている。

都心部はさまざまな開発により、成長段階ではなく、成熟段階に行き着いている。
成熟したまちの代謝を今後どう促していくべきか、その重要性と可能性を、今回のKITAYON計画を通して知ることができた、と語る寳神さん。
何よりも、設計者が設計した建物の運営にまで関与することで、設計の喜び、空間の喜びを自らの手元にたぐりよせることができると気づいたそう。
運営によって得た喜びは、間違いなく、次の設計の手がかりとなる、と強く語る。

そして早くも、KITAYONに続き、「暮らす」と「商い」が両立した2ndプロジェクトが始動している。舞台は、西荻窪同様、個人商店が多く「商い」が盛んな代々木上原。代々木上原プロジェクトでは、「暮らしながら商いをする」だけではなく、「暮らしながら商いをし、さらに“まちの文化圏を創る”」ことにフォーカスする。住む人・商いをする人・まちの人々それぞれが利用できるよう、建物の2階部分には、まちの応接室(仮)のようなユニークな機能を設ける予定だそう。
コロナ禍により生活圏が大きく変化する中、次代に求められるまちの拠点とはなにか、この代々木上原プロジェクトにおいても、新たな解を示してくれるだろう。完成した際には、このプロジェクトにおいてもレポートしていきたい。

□■まとめ

設計者が自ら主導権を持ったことで“適度な経済性”を生み出し、入居する生活者が個人の力を発揮する場となったKITAYON。
このような商いが増えることで、まちの生活者自身の魅力が増し、街区として、エリアとしての魅力向上にも寄与するだろう。

寳神さんが生み出す場は、ただ個人の商いに目を向けているのではなく、個人の商いがどう生まれ、どう継続し続けるか、そして個人の商いによってまちがどう変わっていくのかまでを考え、戦略的に作られている。
個人の自由を尊重しつつも、場の全体的な魅力をどう生み出すかが、次代の場づくりの成功ポイントとなるだろう。

編集後記

領域を広げる。それは「場」におけるだけではなく、職能においても起きている。
寳神さんが、設計者だけではなくオーナーも担ったのは「受け身でいたくないから」だという。
仕事を待つことが主である設計者。できあがったもののコントロールができない設計者。
その不都合さを打破するため、自身の領域を広げ、“当事者”となった。
生産力ではなく創造力が重要視される時代だからこそ、さまざまな人とのつながり、自身の生き方をボーダレスに考え、領域を広げている“当事者”たち。我々生活者においても、受け身ではなく能動的に、生活者の領域を広げるべき時が来ているのではないだろうか。
まちに開かれたKITAYONのような場で、「住む」「働く」だけではなく、「まちと関わる住み方」「まちと関わる働き方」という新たなライフスタイルを送る、これこそが新たなサードプレイスといえるだろう。

●相澤 恭子|都市生活研究所 都市インサイト研究ルーム
読売広告社入社後、都市生活研究所に所属。
マンション開発・商業・ホテルなどの不動産領域を中心に、マーケティング戦略やコンセプト立案、商品企画を担当。「次世代サードプレイス」や「生活者モード」など、場と生活者に関する研究にも従事。