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都市生活研究所フォーラム2023 オープニングセッション スペシャルコンテンツ「シビックプライド社会へとむかう都市とイノベーションの潮流」

2023.07.14

2023年6月6日(火)のリアル開催と、6月13日(火)~30日(金)のオンライン配信で開催された「YOMIKO都市生活研究所フォーラム2023」。そのオープニングセッションである「シビックプライド社会へとむかう、都市とイノベーションの潮流」について、都市生活研究所所長の城 雄大に話を聞きました。




いま起こっている、都市の変化とは


―― コロナ禍も経て、いま世界全体が大きな社会変革期を迎えています。そんな時代において、都市にはどのような変化が見られるのでしょうか?

城: 都市はこれまで、数千年の歴史の中で進化してきましたが、大なり小なりピラミッド型の構造(垂直統合型の都市)を基本としました。しかしいま、フラットな構造の「水平連携型」の都市が新たに出現しつつあると考えています。





 ピラミッド型の都市構造では、全体最適しやすい/規模を追求しやすい/安定性が高いなど大きなメリットがありますが、環境や社会の変化にスピーディーに対応する柔軟性に欠ける側面があります。

 その一方で、フラットな構造の水平連携型の都市においては、多様な都市のプレイヤーたちが柔軟につながりあって運営される都市構造であり、大きな変化期にある今はこのような自由さや柔軟さをもった都市構造に期待が高まっています。ただし、このような構造の都市においてはプレイヤーたちがバラバラに動くだけでは求心力を失い、空中分解しかねない構造とも言えます。





―― 水平連携型の都市が成立するには、どのようなことが必要なのでしょうか?

: そのためには2つの条件が必要と考えます。

① 各プレイヤーの〝個性〟が最大限に発揮されるか?

 この構造の魅力は様々なプレイヤーが個性を発揮するからこそ、今までにない価値が生まれるところにあります。各プレイヤーの個性が発揮されるには、強制力や義務感によって人々が動くのではなく、主体性に基づいて動くことが尊重される都市や社会でなければなりません。

② 多様な “つながり” が生まれ続けるか?

 多様なつながりが生まれ続けるには、閉じられた組織の中でノウハウや人財を囲い込もうとするのではなく、よりオープンなコミュニティの中で共創関係を重視してゆくことが必要となります。





―― 多くの人々が都市の中でそのように主体性を発揮しながら共創関係を築いてゆくには、何が人々のモチベーションになるのでしょうか?

:それは「まちや地域に対する愛着や共感、誇り」…つまり「シビックプライド」であると考えています。 





 「シビックプライド」とは単なる郷土愛とは異なり、まちや地域をより良い場所にするために、自分自身が関わっているという当事者意識に基づく自負心のことです。「シビック」とはいわゆる「市民」という意味ですが、ここでは旧来からの単なる市民ではなく、主体的に地域や社会に関わろうとする「次世代型の生活者」のことをシビックと捉えています。そのような新しい生活者という存在と、そのモチベーションの源泉であるシビックプライドが、今の時代にはますます重要になってきていると考えます。

※「シビックプライド/Civic Pride」は、読売広告社の登録商標です。




水平連携型の先進都市「エスポー」

―― そのような新しい都市のあり方を目指し実践する先進都市の事例として、フォーラムではフィンランドのエスポー市を挙げていました。その理由は何ですか?

城: フィンランドは日本の九州と四国を除いた面積とほぼ同じくらいですが、人口は約560万人と日本の5%にも満たない小さな国です。それにも関わらず、近年では非常に良好な経済状況を見せており、実質経済成長率や実質賃金の伸び率を見ても1995年以降で右肩上がりをキープし続けています。それらの経済成長のキードライバーのひとつとなっているのが、活発なベンチャー経済であり、国民ひとりあたりのベンチャー投資額では、ヨーロッパの中でも非常に高い水準となっています。





 エスポー市は、そんなフィンランドの首都ヘルシンキから地下鉄で10分程度の郊外に位置する人口で国内第2位の都市なのですが、EUの中でも「最もサスティナブルな都市」で1位となり、特許申請数もEU内で6位などヨーロッパの中でもいま非常に注目されつつある都市となっています。世界的にも有名なベンチャービジネスの祭典「SLASH」は、ここエスポー市からはじまりました。また日本企業の「MUJI」も、新規事業をエスポー市にあるベンチャー起業と協働し、実証実験をすすめています。

 しかし今は勢いのあるエスポー市も、ほんの10年ほど前には大きな危機に直面していたそうです。エスポー市に本社や生産拠点を構えるフィンランドを代表する企業Nokia社は当時、世界最大のシェアを誇っていた携帯電話端末のメーカーでした。しかし2007年にiPhoneが登場したことで数年のうちに世界シェアは激減…端末事業を売却したことで数千人規模のリストラを行い、まちは失業者で溢れてしまったそうです。そのような状態から、現在のような成長軌道にどのように都市は転換~進化したのか?これからの都市のあり方のヒントがそこにあるはずだ!との思いから、昨年秋に現地リサーチを行いました。





アアルト大学を中心とした、イノベーション・エコシステム

―― 現地のフィールドリサーチで見えてきたことを、いくつか紹介してください。

城: まずはじめは、アアルト大学キャンパスの事例です。アアルト大学は2010年にいくつかの大学が合併される形で   新たに生まれた大学ですが、ポイントなのは学生のための教育機関というだけでなく、産官学の連携~イノベーション推進拠点として開発運営されていることです。学生はもちろん、起業家、大学・教員、企業、行政・政府など多様なステークホルダーやプレイヤーが、多彩な「都市のハードとソフト」を使いながら化学反応を起こしてイノベーションにつなげてゆくことを目指しています。





 そのために行われている都市デザインのひとつとして、〝近い距離に多様な活動拠点を集める〟というものがあります。徒歩10分圏内に、とてもバリエーションに富んだ施設が集積していました。たとえば、大学×ベンチャー企業の活動拠点である『A-Grid』です。ここはスタートアップ企業のための活動拠点でありコミュニティです。4つのイベントスペースとコワーキングスペース/1か所のメイカーズ工房/2つのレストラン&カフェ/2つのサウナを併設しています。約150のスタートアップ企業が会員となっており、大学で日々更新される研究成果や大学人材とのマッチングなども行われているそうです。





 またそのすぐ隣には、学生の起業マインドを醸成~波及させるための施設『Startup Sauna』があります。施設内には立派なステージと客席のあるホールがあり、「ここで多くの人に自分のアイデアを聞いてほしい!」という学生にとっての自己表現が、まさに日常になるための場と機会がデザインされていました。



 

 そして次は、プロトタイプ制作工房&教育機関である『Aalto Design Factory』です。ビジネス・アイデアをカタチにするプロトタイピングを学び実践する施設であり、3Dプリンターはもちろん/印刷/木工/金属加工/電子機器の制作などに必要な機械や設備と、それらの操作を教えてくれる指導員が常駐しています。

 この施設の一角には「ハグ・ポイント」と呼ばれるキッチンもありました。ここでのルールのひとつは、“見知らぬ人がいれば話しかけよう”というもので、最先端の設備を揃えるでなくまるで自宅のような温かな「居場所」を用意している場づくりが、利用者全員の愛着→施設の稼働率アップにつながっていると感じました。




 このように「近い距離に多様な活動拠点を集める」都市のデザインが人々の身体的な接近を生み出し、それが「フラットな関係=共創関係」につながっていることを見て取れました。




再開発エリア KERA地区

―― アアルト大学以外にも、注目すべき事例はあったのでしょうか?

城: 大規模な再開発エリアであるKERA地区も、とても学びの多いケースでした。ここは元々、工業地帯だったところで、住民はほとんどいないエリアです。そこを15~20年かけて14,000戸の住宅と商業施設などの複合機能を持った街に開発してゆく計画です。何のイメージも愛着もまだ持たれていないこの土地に、「ぜひ住みたい」と思う未来の市民を育成すること。そのためには、いまから「いかに多くの市民を巻き込むことができるか?」が計画における最大の課題とされています。



 

 ここで行われている都市デザインのひとつとして、市民の主体性による初動を促すために「多彩な活動の〝実験場〟でトライアルの敷居を下げる」というものがありました。

 たとえば、旧物流倉庫を市民の活動拠点へ転用している「KERAホール」。取り壊す前の倉庫を、5年間という期間限定で市民たちの交流を生み出す様々な実験の場として活用しています。まずは倉庫の壁面をアートで飾るプロジェクトからスタートし、実験場としてのこの場の「自由な空気」を生み出しました。





 そして中庭スペースでは、様々な市民団体がリードする形でマルシェや都市農園、バンドのライブや映画鑑賞会など多彩なアクティビティが開催されています。

 このような市民のトライアルへの敷居を下げる「実験場」という都市デザインが、そこでの市民の活動総量を増やしてゆき、それが少しずつ「地域への愛着や共感」につながっていることを実感できました。



都市と場のデザインが、シビックプライドへ与える影響



―― 人々が主体性を発揮し、共創関係につながってゆく都市や場のデザインについてはよくわかりましたが、それらが本当にシビックプライド醸成にもつながっているのでしょうか?

城: 都市生活研究所では、昨年の冬にシビックプライド調査【海外編】を実施しました。今回の調査では人口30万人のエスポー市を対象にできませんでしたので、すぐ隣のヘルシンキのスコアを見てみました。(ちなみにヘルシンキ市においても、今回のエスポー市と同様の水平連携を重視した都市デザインの取り組みが活発に推進されていました)

 「愛着」においては東京/大阪と比べてあまり差はないのですが、より積極的で深いまちとの関係性ともいえる「共感」「誇り」のスコアでは、かなり高いスコアとなっていました。おそらく、市民の主体性と共創関係を醸成してゆく都市や場のデザインが、これらの高いスコアへも影響していると考えられます。





シビックプライド社会が、これからのイノベーションを変えてゆく

―― セッションのタイトルにもある「シビックプライド社会」とは、どんな社会なのでしょうか?

城: いま世界中で、より積極的に自分の暮らしと未来に関与しようとする「新たな生活者」が増えています。その人々の背中を押すような「都市と場のデザイン」によって、個性の発揮と多様なつながりが都市の中で増えてゆき、その結果として市民のシビックプライドが高まる…。すると、シビックプライドの高い生活者がどんどん周りの人々を仲間として巻き込んでゆく…そのような価値創造=イノベーションの循環が生まれつつあります。





 そのような循環によって経済や社会のイノベーションを巻き起こしてゆく社会の姿を、私たちは「シビックプライド社会」の到来といえるのではないかと考えています。わたしたち都市生活研究所では、引き続きこのような都市や場のあり方/シビックプライドの可能性について追究してゆきたいと思っています。

 そのような循環によって経済や社会のイノベーションを巻き起こしてゆく社会の姿を、私たちは「シビックプライド社会」の到来といえるのではないかと考えています。わたしたち都市生活研究所では、引き続きこのような都市や場のあり方/シビックプライドの可能性について追究してゆきたいと思っています。





本記事に関するお問い合わせは、下記よりお願いします。

城 雄大

都市生活研究所 所長

1999年 読売広告社に入社。マーケティング・プランニングの部門にて、航空会社や玩具/ゲームソフトメーカーなどのクライアントに対するマーケティングおよびブランド戦略に関する業務に従事。2011年より都市生活研究所に所属。主に地域の再開発に関するコンセプト開発/商品企画や都市と生活者のインサイトに関する研究などを手掛ける。大学時代に学んだ民族学での「フィールドワーク視点」を大切に、研究を続ける。東京大学 大学院新領域創成科学研究科スマートシティスクール修了。