YOMIKO STORIES
『POWER OF 3rd PLACE -わたしたちからはじまる、これからのサードプレイス-』発行記念 トークイベント報告!
読売広告社 都市生活研究所は、自宅や職場ではない居心地の良い第3の場所と呼ばれるサードプレイスについての研究を行っています。この研究は、研究所の分科会として「次世代サードプレイスラボ」(以下、ラボ)を2018年に発足し、「次世代サードプレイスの潮流」をテーマに、時代と共に多様化するサードプレイスについて現地や関係者への取材などをもとに行っているものです。
今回、これまでの研究結果をまとめた冊子『POWER OF 3rd PLACE -わたしたちからはじまる、これからのサードプレイス-』(以下、本冊子)を2024年11月に発刊しました。その発刊を記念し、本冊子にも登場するシェアスペース「小杉湯となり」にて「次の時代に必要とされる都市空間/サードプレイスとは、どんな場所・時間か?」を探るイベントを開催しました。
イベントには、同スペースを運営する銭湯ぐらし 代表取締役 加藤優一氏に加え、本冊子の記事でも紹介した「富士見台トンネル」を設計・運営している建築家/Junpei Nousaku Architects代表 能作淳平氏、「しののめ信用金庫」を設計した株式会社HAGISO代表取締役/建築家/一級建築士 宮崎晃吉氏をゲストに迎え、サードプレイスに対する想いや意見を交わし合いました。そのイベントの様子をご紹介していきます。
第一部
第一部では、ラボのこれまでの活動や、今回の冊子の考察の中で、サードプレイスを捉える時に用いているフレーム“カルチャー” と“仕組み” について紹介があった後、「小杉湯となり」を運営する加藤優一氏、「富士見台トンネル」主宰の建築家 作淳平氏、「しののめ信用金庫」建築家 宮崎晃吉氏と、各施設の取材を担当したラボメンバーがトーク。それぞれの施設におけるカルチャーと仕組みについて、より踏み込んだ議論が展開されました。
次世代サードプレイスの“カルチャー”と“仕組み”
“カルチャー” とは、そのサードプレイスが持つ文化を指しています。サードプレイスの存在理由や価値基準であり、その場所に宿る哲学とも言えます。“仕組み” とは、そのカルチャーを実装するための具体的な構造です。建築などのハードに施された仕掛けであったり、運用の方法などのソフトに組み込まれていたりと、場所ごとに多様な仕組みがあります。
“カルチャー”のために“仕組み”が生み出され、“仕組み”が機能することで“カルチャー”がよりユニークになる。ふたつの要素は、相互に作用し合う関係にあります。
「小杉湯となり」について
今回の会場である会員制シェアスペース「小杉湯となり」について、運営する銭湯ぐらし 代表取締役の加藤優一氏と、冊子記事の取材・執筆をメインで担当した当社の統合クリエイティブセンター プランナーの野村葉菜が、この場所の使われ方や場の魅力について話しました。空間づくりも人の接点も、「銭湯」がヒント
野村: 「小杉湯となり」は、高円寺の銭湯 小杉湯の隣にあった風呂なしアパートメントが解体された跡地に生まれたシェアスペースです。土日は誰でも使え、平日は会員制で運営されています。私は、銭湯の隣にあるシェアスペース?!家のような場所って一体?と思いながら取材に伺いました。 訪れた際、1階から階段を上がるとすぐにこの畳の空間になっていて、びっくりしました。空間を仕切るための扉がなく、1階のキッチンの匂いや音も上の階で感じることができます。この誰かがいる気配を感じられる作りは、銭湯を参考に設計したそうです。 そしてこの場所は、利用する人それぞれの目的やニーズにあわせ、色々な役割を担うことができる場なんだと加藤さんのお話からわかりました。
わたしは、この場所の“カルチャー”と“仕組み”は、「自分なりの心地よさを選び取れる」と「場を介した接点」と考えました。
「小杉湯となり」での取材について語る当社の野村葉菜(統合クリエイティブセンター プランナー)。
<カルチャー:自分なりの心地よさを選び取れる>
野村: 暮らしを家だけに閉じず銭湯や定食屋を利用するなど街の中でも行うことで、地域と繋がりや日常に余白が生まれます。「小杉湯となり」も、人との繋がりや暮らしに余白を生み出すことができる場所です。暮らしを開くための選択肢が数多くあり、「選んでもいいし、選ばなくてもいい」という参加者の自律性に重きを置いているのも特徴です。
<仕組み:場を介した接点をつくる>
野村: 「自分なりの心地よさを選び取れる」カルチャーを実現させているのが「場を介した接点をつくる」仕組みです。銭湯を例にすると、同じ銭湯という場を利用しているという接点だけですが、通うことでお互いの個人的なことはわからなくても知っているような気持ちになることがあると思います。このように、直接人と人を結びつけなくても、同じ目的を持った場所に集えば、自分にとって心地のよい交流が生まれる“仕組み”です。
加藤優一氏(以下 加藤): 野村さんの説明の通り、場を介した接点の考え方も空間の作り方も、基本的に銭湯「小杉湯」から学び、応用しています。この場所は、家庭や職場と切り離されたサードプレイスとは違い、家や職場の延長のような、暮らしの延長で使える場所としてのサードプレイスです。人と交流してもしなくてもいい。コミュニティスペースと捉えると入りづらい人もいるので、ミュニケーションの選択肢がある場所にしています。
「小杉湯となり」の運営指針について話す加藤優一氏(銭湯ぐらし 代表取締役)。
能作淳平氏(以下 能作): 今回初めて来て、まず入口で靴を脱ぐことに衝撃を受けました。でも、入って裸足で過ごしてみると理解するというか、こういったフィジカルなものも踏襲して空間作りに活かしているんだと納得しました。
加藤: 最初は下足の設計でしたが、プレオープンのときに「家みたいでいいね」という声が多くあったので、靴は脱ぐように切り替えたんです。
宮崎晃吉氏(以下 宮崎): 僕は来るのは4回目です。畳のスペースがいいですね。畳だけど腰掛けて座ることもできるからワークスペースにもなりますし。
加藤: 普段はビーズクッションがあるので、ゴロゴロしている人もいます。その隣で仕事している人もいる。そんな場所です。部屋の名前はつけていません。場所の名前も「小杉湯となり」で環境だけを示しています。そうやって何の場所なのかの抽象度あげています。
野村: 平日は会員制で、土日は誰もが使える場所ですが、完全に開かれている場ではなくほどよく閉じることで結果的に開かれる場所になっています。加藤さんからは、オープンなのかクローズなのかは人によっても時間によっても変わるというお話しもあり、仕組みだけでなく気持ちとしてのオープン・クローズも、利用者それぞれが選択できるサードプレイスだと思いました。
本冊子を見ながら講演を聞く参加者たち。サードプレイスや空間づくりに興味を持つ人たちが多く集まった。
「富士見台トンネル」について
続いて、シェア商店「富士見台トンネル」を設計した建築家 能作淳平氏と、冊子記事の取材・執筆を担当した当社の都市生活研究所 プロジェクトデザイナー 小関美南が、この「富士見台トンネル」の使われ方や場の魅力について話しました。「やってみたい」気持ちを促進させる空間と仕組み
小関: この場所は、国立市の富士見台第一団地近くにある“シェアする商店”です。この商店は日替わりで出店している方(店舗)が変わります。お店を持ってみたい、新しい商品の販売や商売をやってみたい方たちが試せる場所です。 店舗名の“トンネル”は、奥行きが深く、入口の向こう側も大きなガラス戸で抜けている店舗の空間特性が由来ですが、このトンネルを抜けた先で、その人の“未来の新しい居場所”を生み出すための場所になれるようにという思いも込められています。「やってみたい」という気持ちを持った人たちが能作さんの元を訪れ、面談を経てお店を始め、他の場所でも出店していくなど、「富士見台トンネル」を通過して成長する場であることも特徴です。
わたしは、この場所の“カルチャー”と“仕組み”は、「人生というスパン・社会という規模で変化を起こす」と「未来の居場所へつながるトンネル」と考えました。
「富士見台トンネル」の空間の仕組みと能作さんの想いについて説明する当社の小関美南(都市生活研究所 プロジェクトデザイナー)。
<カルチャー:人生というスパン・社会という規模で変化を起こす>
小関: 「富士見台トンネル」は、新しいカルチャーが醸成され、ここで生まれたカルチャーが街や社会を変える原動力となるように運営されている場所です。まずは、個人の中に隠れていたクリエイティビティが「富士見台トンネル」で小商いという形となって芽を出し、地元の人が利用するようになる。そして、育った芽が街を飛び出し、「富士見台トンネル」出身の小商いが街に増えていく。そういったビジョンを持ち、ゆくゆくは街の風景や地域経済にも影響を与える新たなカルチャーやうねりを生み出していけるようにと取り組んでいる場所です。
<仕組み:未来の居場所へつながるトンネル>
小関: 私は最初、入口がわからなかったんです(笑)。「富士見台トンネル」と暖簾に書かれているわけではなく暗号のようなロゴマークだけが書かれていて、初めて来た人にはここがカフェなのかオフィスなのかも分からないと思います。しかし、お話をうかがう中で、入口のわかりづらさには意図があることがわかりました。「富士見台トンネル」は、初めてお店を出店する人たちが持っている「やりたい」という気持ちをいかに潰さずに育てるか、これから頑張っていこうとしている出店者を守れるかを考え、好奇心のあるお客さんや感覚を共有できるお客さんに来てもらうために、いい意味でのクローズ感を取り入れています。
また、「富士見台トンネル」は、お店を「やってみたい」人の背中を押してくれるような仕掛けがカウンターにあり、お客さん側とお店側に高さの差がなかったり行ったり来たりできる構造になっていたりするので、立場や役割が薄れ「自分もカウンターの向こう側(お店側)に行けるかも!」「やってみたい」という想いをドライブさせる仕組みになっているんです。このように「富士見台トンネル」は「やってみたい」想いを入口に、その人の“未来の新しい居場所”を生み出すための場所となっています。
能作: 見た目はただのお店ですが、どういう人が、どういうコンセプトで取り組んでいるのか、話せる場所が必要だと思ったんです。誰かに共有できたり自分の思いをポッと出したり、気持ちを饒舌に語れる場であってほしいんです。最初はたとえ売れなくても思いが発散できたら一旦はそれで良くて。後に社会に認められて売れるようになれば、それでいい。と思っています。
空間づくりだけにとどまらず、出店者の今後の人生も考えながら「富士見台トンネル」を運営していると話す能作淳平氏(建築家/Junpei Nousaku Architects代表)。
小関: 今回、“カルチャー”と“仕組み”という点で全ての事例を紹介しているんですが、これは能作さんのお話がきっかけで気づいた視点でした。場をつくることはカルチャーをつくることだと。
能作: ここはベッドタウンと言われる地域なので、カルチャーがないと言われがちです。そこで、カルチャーはどうやってできるんだろう?仕組みが知りたいと思っていました。サードプレイスも大事な要素なのではと思い、「富士見台トンネル」はサードプレイスとサロンの間のような場所にしたいと考えました。サードプレイスは誰でも入れるイメージがありますが、サロンは閉鎖的なイメージです。カルチャーが生まれるサードプレイスとは、ふたつを掛け合わせた“開放的なサロン”や“(ある種)閉鎖的なサードプレイス”なんじゃないかと思いました。
加藤: カルチャーって最近はライフスタイルから醸成されているように感じます。私は、この「富士見台トンネル」から生まれるライフスタイルが、この地域のカルチャーとして根付くのではないかと思います。
普段からも交流のあるゲスト登壇者の3名。和気藹々とした雰囲気の中、会話が盛り上がる。
「しののめ信用金庫」について
続いて、「しののめ信用金庫」を設計した建築家 宮崎晃吉氏と、当社の統合クリエイティブセンター クリエイティブディレクター 大屋翔平が、「しののめ信用金庫」の使われ方や、地域や住民との繋がりなどについて話しました。住民が立ち寄りたくなる複数の機能をもつ場所
大屋: 「しののめ信用金庫」とは群馬県前橋市にある信用金庫です。元々あった建築物をリノベーションしています。敷地内には「しののめ信用金庫 前橋営業部」のほかに、ラジオ局や庭があります。建物の中で信用金庫の部分は一部のみで、2階ライブラリーやフリースペースがあり、1階にはカフェがあります。 なんでこういう場所にしたんだろう?と思ったんですけど、信用金庫とは地域の繁栄のために利益を還元するのが目的の銀行なので、お金ではなく人と地域をつなげたりコミュニケーションを生み出したりしているんだなと感じられる場所でした。
この場所の“カルチャー”と“仕組み”は、「長期的な視点で愛着を循環させる」と「余白を地域に差し出し、豊かな立ち寄りをつくる」と考えました。
「しののめ信用金庫」が、地域の未来のためになるようどんな考えで街にひらかれた施設へとリノベーションされたのかを語る当社の大屋翔平(統合クリエイティブセンター クリエイティブディレクター)。
<カルチャー:長期的な視点で愛着を循環させる>
大屋: 信用金庫は営利を目的にせず、地域社会の利益を第一に考え、預金が地域の発展に活かされています。こうした成り立ちを考えると、一見「なぜ信金が?」と思ってしまう施設設計が、住民と地域の未来への愛情表現なのだとわかります。お金を媒介に人と地域を結び付け、コミュニケーションを生みながら心も豊かにしていく。そうした愛情表現がいつしか地域にも帰ってくるはずだという次の世代への循環を見据えた姿勢が伝わってきます。
<仕組み:余白を地域に差し出し、豊かな立ち寄りをつくる>
大屋: お金を借りる・返す以外には立ち寄ることの少ない信用金庫でしたが、リニューアル後は金銭の貸借という本来の役割のスペースを最小限とし、余白にはカフェ、ライブラリー、ホール、FM局などを併設しています。気軽に立ち寄ったり、長居をしたりしてもいいおおらかな雰囲気が感じられるようになっています。 この場所は駅や商店街などから少し離れた中間点のような場所にあります。信用金庫は、普通なら用を済ませて5分ぐらいで帰る場所ですが、ラジオ局やカフェがあったり図書館があったり、いろいろな機能を信用金庫と一緒に地域へ差し出すことによって、人の溜まる場所をつくっているんだなと思いました。
宮崎: ここは私が設計で関わらせてもらいました。建物は1964年のもので耐震性が弱いこともあり建て替える予定でしたが、まだ活用できる建物だったのでリノベーションしました。 信用金庫は民間企業です。でも駐車場は24時間開放しているし、図書館もワークスペースも無料で開放しています。民間企業として稼ぎながら、地域の繁栄のために公共にも寄与しています。
地域社会への利益を第一に考える信用金庫だからこそ、長期的な視点で愛着を循環させられるような施設になったと話す宮崎晃吉氏(株式会社HAGISO代表取締役/建築家/一級建築士)。
加藤: 「しののめ信用金庫」に訪れたとき、2階に高校生が数十人勉強していて。信用金庫なのに居場所になっていることに驚きました。
宮崎: 私の高校生の時は、図書館の自習室によく行っていました。その経験から、図書館の自習室よりも雰囲気がよく作業や勉強しやすい場所づくりを意識してつくりました。特にルールは設けていませんが、この場の秩序をどうつくるかは色んな場所を参考にして検討しました。その時に、信用金庫の理事長が「いいBARには自然と秩序が生まれる」とおっしゃったことをヒントに、運営側が何かを決めたり書いたりするのではなく利用する人たちが自分たちの居場所をつくるためにこの場に秩序を生むようにしました。
大屋: 公共性の安心感があり、理事長や利用する人々など多くの人の想いと未来への期待が詰まっている場所ですね。
第二部
第二部では、サードプレイスについてゲストと参加者が一緒に考え、意見交換をしあう座談会が行われました。この座談会は、6~7人ずつチームにわかれ、チームごとにちゃぶ台を囲んで行うワークショップ形式で実施されました。自分とサードプレイスの関係性や、あったらいいなと思うサードプレイス、アイデアなどを付箋に書きながらチーム内で対話し、共通点や新しい発見を見つけていく中で参加者同士の交流をはかり、新たな繋がりが生まれる時間となりました。
各チームで自己紹介を行った後、あったらいいなと思うサードプレイスや、自分が好きなサードプレイスについて、チーム内で自分の意見や想いを共有。
自分の意見は付箋にも書き込み、共有。「サードプレイスとして”人生相談BAR “が欲しい」「夜中もいられる心地よい場が理想」などの意見が出た。
今回のように、YOMIKO都市生活研究所 次世代サードプレイスラボでは今後も次の時代のヒントとなるサードプレイスの研究や実証実験を行い、国内外の事例や有識者の知見から場・コミュニケーション・ビジネスの可能性を見出すとともに、新たな価値創造に貢献してまいります。
本冊子が欲しい方やラボの活動活動に興味がある方、相談したい方は、メール(next3rdplace_lab@yomiko.co.jp )にてご連絡ください。お待ちしております。
(写真左から) 城 雄大(YOMIKO都市生活研究所 所長)、能作淳平氏(建築家/Junpei Nousaku Architects代表)、加藤優一氏(銭湯ぐらし 代表取締役)、宮崎晃吉氏(株式会社HAGISO代表取締役/建築家/一級建築士)、大屋翔平(統合クリエイティブセンター クリエイティブディレクター) ※所属はイベント実施時のもの